インターシティ (ドイツ)

ドイツのインターシティ(2010年)
2007年のドイツのインターシティ網(ICEを含む)

インターシティ(Intercity)、略称ICドイツ鉄道における優等列車種別の一つである。主にドイツ国内でのみ運行される列車であり、1時間間隔や2時間間隔などのパターンダイヤで運行され、異系統の列車同士の接続を重視したネットワークを形成している。

1968年ドイツ連邦鉄道西ドイツ国鉄)が一部の特急列車(Fernzug)に「インターシティ」の名を冠したのが起源である。1971年9月26日から4つの系統で2時間間隔の運転を始め、Fernzugに代わって西ドイツ国内の最上位の列車種別となった。当初は一等車専用であったが1979年から全ての列車に二等車を連結するようになった。その後系統数は増加しており、1991年に運行を開始したICEもインターシティ網の一部を担うものとされた。しかし2002年12月のダイヤ改正以降は、インターシティはICE(タリスTGVレイルジェットを含む)に次ぐ第2位の種別としての位置づけが強くなっている。

1970年代気動車電車が用いられたことを除けば、原則として機関車牽引の客車列車である。ただし2010年代以降車両の全面的な更新が予定されている。

歴史

起源

第二次世界大戦後のドイツ連邦共和国西ドイツ)では、1951年ドイツ連邦鉄道(西ドイツ国鉄)発足と同時に、最上位の優等列車として特急列車[注釈 1](Fernzug, F-Zug)が誕生した。その後1957年には国際列車TEEが運行を始め、サービス水準の向上が図られた[1]1965年には国内優等列車に対してもTEEの種別が用いられるようになった[2]

一方1966年ごろから、西ドイツ国鉄はイギリスインターシティにならって特急列車のネットワーク化を重視するようになった。1967年夏のダイヤ改正では11往復半の特急列車が増発された。さらにこのころには、TEEの気動車列車から客車列車への置き換えが進み、TEE用であった601型(旧称VT11.5型)気動車を国内特急列車にも充てることが可能になった。これに加えTEE用の「ラインゴルト型」客車を増備することで、国内特急列車の高速化とサービスの向上も行なわれることになった[3]

1968年冬ダイヤ改正(9月29日)から、西ドイツ国鉄は以下の6往復の特急列車の列車名に「インターシティA」から「インターシティF」までの名を冠するようになった。これらはいずれも601型気動車かTEE用の客車を用いており、最高速度160km/hで運転されていた[4][5]

インターシティ(1968年冬)
列車番号 列車名 区間 表定速度[注 1] 車両
F31 インターシティA ゼナートル
Intercity A Senator
ケルンエッセンミュンスターハンブルク=アルトナ 119.0km/h 客車
F32 ハンブルク=アルトナ → ミュンスター → ハムハーゲン → ケルン 118.3km/h
F130 インターシティB トーラー・ボンムベルク
Intercity B Toller Bomberg
ハンブルク=アルトナ - ブレーメン - エッセン - ケルン 116.0km/h 601型気動車
F131 112.2km/h
F13 インターシティC ポルタ・ポルタ・ヴェストファーリカ
Intercity C Porta Westfarica
ケルン → ハーゲン → ハム → ハノーファー 118.9km/h 客車
F14 ハノーファー → エッセン → ケルン 117.5km/h
F146 インターシティD ヴィルヘルム・ブッシュ
Intercity D Wilhelm Busch
ハノーファー → ハム → ハーゲン → ケルン 111.8km/h 601型気動車
F147 ケルン → ハーゲン → ドルトムント → ハノーファー 113.2km/h
F117 インターシティE プリンツレゲント
Intercity E Prinzregent
ミュンヘンシュトットガルトハイデルベルクフランクフルト・アム・マイン 104.5km/h 601型気動車
F 120 フランクフルト → ヴュルツブルク → ミュンヘン 112.5km/h
F 171 インターシティF メルカトル
Intercity F Mercator
フランクフルト - フルダ - ハノーファー 108.9km/h 601型気動車
F 172 108.9km/h
  1. ^ ハンブルク=アルトナ駅起終点の2往復については、ハンブルク中央駅 - ケルン中央駅間の表定速度

601型気動車の最高速度は、TEEとして使われていたときは140km/hであったが、インターシティでは中間の付随車を5両のみとした短編成で160km/h運転を行なった。しかしインターシティB「トーラー・ボンベルク」(F 131)の需要が予想外に大きかったため、急遽11月11日から長編成の客車列車に置き換えられた。また車両運用の都合から、トーラー・ボンベルクのほかヴィルヘルム・ブッシュもこのときから客車列車になった[6]

一等インターシティ

1971年時点のインターシティ網

IC71

西ドイツ国鉄の役員会は1969年に「インターシティ」という新たな国内列車[注釈 2]の種別を設けることを決定した。使用される車両はTEEと同様の客車または気動車で、一等専用であることもTEEと同じである[7]。これによりTEEなみのサービスを国内列車に対しても全面的に取り入れようとした[1]。ただし経路やダイヤの設定に冠する思想はTEEやそれまでの特急列車(「インターシティ」の名を冠していた6往復も含む)とは大きく異なる。従来の優等列車の走行経路は列車ごとにまちまちであり、また多数の列車の集中するライン・ルール地域ケルンなど)とライン・マイン地域フランクフルト・アム・マインなど)の間でも列車の時刻は不均等であり、特に朝夕に集中する傾向があった[8]。これに対しインターシティは西ドイツを南北に縦断する4つの経路に沿って、各々約2時間間隔のパターンダイヤで運転されるものである。また主要駅では異系統のインターシティの間で相互に乗り換えられるようになっていた[9]

インターシティは1971年冬ダイヤ改正(9月26日)から、以下の4つの系統で運行を始めた。このネットワークをインターシティ71(IC71)と呼ぶ[1]。国際列車であるTEEも、西ドイツ国内でインターシティの系統と重複する部分ではインターシティ網の一部とされ、2時間間隔のパターンに組み込まれた。

インターシティの系統と基本停車駅(1971年)[1][10]
系統 経路、停車駅
1号線
Linie 1
ハンブルクアルトナ駅 - ダムトーア駅 - 中央駅) - ブレーメン - オスナブリュック - ミュンスター - ドルトムント(2) - エッセン - デュイスブルク - デュッセルドルフ - ケルン(2) - ボン - コブレンツ - マインツ - マンハイム(3) - ハイデルベルク - シュトットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン
2号線
Linie 2
ハノーファー - ビーレフェルト - ドルトムント(1) - ハーゲン - ヴッパータル=エルバーフェルト[注 1] - ケルン(1) - ボン - コブレンツ - ヴィースバーデン - フランクフルト・アム・マイン - ヴュルツブルク(4) - ミュンヘン
3号線
Linie 3
ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅) - ハノーファー(4) - ゲッティンゲン - フルダ - フランクフルト - マンハイム(1) - カールスルーエ - ※バーデン=オース[注 2][注 3] - ※オッフェンブルク[注 3] - フライブルク - バーゼルバディッシャー駅 - SBB駅
4号線
Linie 4
ブレーメン - ハノーファー(3) - ゲッティンゲン - ベブラ - ヴュルツブルク(2) - ニュルンベルク - アウクスブルク - ミュンヘン

駅名の「中央駅」は同じ都市に他の停車駅がない限り省略した。太字は起終点および他の系統との接続駅で、かっこ内は接続する系統番号。

  1. ^ 現ウッパータル中央駅
  2. ^ 現バーデン・バーデン駅
  3. ^ a b バーデン=オースとオッフェンブルクはどちらか片方のみに停車。

ヴュルツブルク - ミュンヘン間は2号線がアンスバッハインゴルシュタット経由の最短経路(両駅とも通過)で、4号線はニュルンベルク、アウグスブルクを経由。ただしこの逆の経路を走行する列車や、ニュルンベルクとアウグスブルクの片方のみを経由する列車もあった[11]

これらの系統は以下の各駅で相互に接続した。接続駅では原則として同一ホームでの対面乗り換えが可能であった[12]

一例として、2号線南行のIC127「ミュンヘナー・キンドル」は他のインターシティと以下のように接続した[13]

IC127 Münchner Kindl
発着時刻 接続列車
発着時刻 系統 列車番号・列車名 経路
ハノーファー中央駅 - / 12:00
ドルトムント中央駅 13:37/46 13:41/42 1号線 IC 117 ガンブリヌス ハンブルク → ブレーメン → ドルトムント → ハーゲン → ヴッパータル → …
ケルン中央駅 14:48/59 14:52/54 1号線 IC 117 ガンブリヌス … → ハーゲン → ヴッパータル → ケルン → マンハイム → ミュンヘン(20:43着)
ヴュルツブルク中央駅 18:31/33 18:35/37 4号線 IC 187 アルブレヒト・デュラー ブレーメン → ハノーファー(15:24発) → ヴュルツブルク → ニュルンベルク → アウクスブルク → ミュンヘン(21:10着)
ミュンヘン中央駅 20:51 / -
103型機関車牽引のインターシティまたはTEE(コブレンツ、1975年)

なお、列車の運行頻度は約2時間間隔であるが、分単位での発着時刻は列車により10分前後のずれがあり、完全な等間隔ダイヤではない。またTEEの一部は途中駅からインターシティの各系統に入っており、分岐駅で区間運転のインターシティと入れ替わるようなダイヤが組まれた[13]

インターシティは長距離を走るため、その運行は地域別の管理局ではなく、中央輸送監理局のIC輸送管理課で監督していた。また接続相手の列車が遅れた場合、接続駅で待つのは18分を上限とし、それ以上の遅れは特発列車を出して対応することにしていた。このため五つの接続駅では客車2両が常時待機し、機関車と乗務員も随時手配できるようになっていた[9]

一方で、大量のインターシティが新設されたのと引き替えに、急行列車(D-Zug)が減便され、インターシティの通過待ちのため準急列車(Eilzug, E-zug)や普通列車の所要時間が延びるといった弊害も生じた。インターシティは一等専用であるため、これは二等旅客に対してはサービスの低下であると批判された[14]

Bネット

1973年夏ダイヤ改正(6月3日)では、インターシティBネット(IC B-Net)と呼ばれる急行列車網が創設された。これは従来のインターシティ網を「Aネット」とし、これに接続する列車網である。Bネットは「IC補完線(IC-Ergänzungstrecken)」と呼ばれる8系統(11号線から18号線)と「IC接続線」と呼ばれる8系統(21号線から28号線)で構成された。補完線はインターシティの走らない亜幹線で、シティ急行(都市急行、City D-zug, DC-zug)と呼ばれる急行列車が一日3から4往復走り、Aネットとの交差駅でインターシティと接続した。接続線はインターシティ網から外れた都市と最寄りのインターシティ停車駅を結ぶ路線であり、インターシティと接続するシティ急行または急行、準急列車が運転された。補完線のシティ急行には、一往復ごとに沿線の地名にちなんだ「○○ラント(-land)」という列車名がつけられた。一方接続線の列車には固有の列車名はないが、系統ごとに地形や歴史にちなんだ「○○・シティ(-City)」という愛称がつけられた[15]

インターシティ補完線(1973年)
系統 経路
11号線
Linie 11
エムデン - ミュンスター(1) - ハム - ハーゲン - ジーゲン - ギーセン - フランクフルト・アム・マイン(3)
12号線
Linie 12
カッセル - ギーセン - フランクフルト(3) - ダルムシュタット - マンハイム(1,3) または - ハイデルベルク - シュトットガルト
13号線
Linie 13
(ベブラ - ) カッセル - パーダーボルン - ドルトムント - デュイスブルク (- メンヒェングラートバッハ)
14号線
Linie 14
ケルン - ジーゲン - ギーセン - カッセル - ゲッティンゲン
15号線
Linie 15
(ケルン - ボン - ) コブレンツ - トリアー - ザールブリュッケン
16号線
Linie 16
ザールブリュッケン - マンハイム - ハイデルベルク - ハイルブロン - クライルスハイム - ニュルンベルク
17号線
Linie 17
カールスルーエ - シュトットガルト - クライルスハイム - ニュルンベルク ( - レーゲンスブルク)
18号線
Linie 18
シュトットガルト - ハイルブロン - ヴュルツブルク - バンベルク - ホーフ
インターシティ接続線(1973年)
系統 運行区間 愛称
21号線
Linie 21
カッセル - ベブラ クーアヘッセン・シティ
Kurhessen-City
22号線
Linie 22
カッセル - ゲッティンゲン クーアヘッセン・シティ
Kurhessen-City
23号線
Linie 23
ハンブルク - キール フェルデ・シティ
Förde-City
24号線
Linie 24
ハンブルク - リューベック ハンザ・シティ
Hansa-City
25号線
Linie 25
ブレーマーハーフェン - ブレーメン ヴェーザー・シティ
Wese-City
26号線
Linie 26
オルデンブルク - ブレーメン オルデンブルク・シティ
Oldenburg-City
27号線
Linie 27
ブラウンシュヴァイク - ハノーファー ヴェルフェン・シティ
Welfen-City
28号線
Linie 28
ニュルンベルク - レーゲンスブルク ドナウ・シティ
Donau-City

しかし1975年夏ダイヤ改正でIC接続線の系統番号や愛称は廃止され、1977年冬ダイヤ改正ではIC補完線のシティ急行も半減し、1982年には全廃されて通常の急行列車に置き換えられた。とはいえ、インターシティとの接続を重視した急行列車のダイヤ設定はその後も受け継がれた[16]

一二等インターシティ

インターシティ用二等車の車内(2011年)

インターシティは1971年の発足当時は一等車専用であった。このころまで、階級意識の強いヨーロッパの一等車利用者は、二等車利用者と同じ列車で旅行することを嫌う傾向があり、TEEやインターシティなどの上位の優等列車は一等車のみで編成されていた。二等車を連結した急行列車はこれらの列車に比べ遅く、設備も劣っていた[17]

しかし1970年代には、社会の変化により長距離列車の二等車の需要が増える一方で、一等専用の優等列車は人気が衰え始めており[17]、インターシティが一等専用であることは批判の対象となった[9]。そこで西ドイツ国鉄は1975年から、インターシティへの二等車の連結を検討し始め[18]1976年から一部の列車で試験的に実施した。1979年からはすべてのインターシティが二等車を連結するとともに、1時間間隔に増発された。このネットワークを「インターシティ79(IC79)」と呼ぶ。

1976年-1978年

インターシティへの二等車の連結は、1976年の夏ダイヤ改正(5月30日)からIC4号線で始まった。4号線はもともと2号線や3号線との重複区間が長く、乗車率の低い路線であったのが背景にある。ただし4号線でも403型電車を利用した列車は一等専用のままであり、二等車を連結したのは客車列車のみであった。またこのとき使用された二等客車は非常用の電磁吸着ブレーキを備えていなかったため、最高速度が145km/hに制限されていた。1977年以降、200km/h運転に対応した二等客車が投入されている[19]

1978年夏ダイヤ改正(5月28日)では、IC1号線のケルン - ハンブルク間において、IC79のコンセプトが先行して実施された。同区間のインターシティを1時間間隔とし、ケルン中央駅発を毎時00分、ハンブルク中央駅発を毎時45分と発車時刻をそろえた。ただし一部の列車では時刻がずれており、完全な等間隔ダイヤではない。また、IC1号線の列車「ガンブリヌス」(ハンブルク - ミュンヘン)のみは一等専用のままであり、列車種別がインターシティからTEEに変更された。ケルン - ハンブルク間でIC1号線を走る国際TEEのパルジファルも一等専用のままであった。このほかIC2号線などでも一部区間で二等車の連結が行なわれた[20]

IC79

1979年の夏ダイヤ改正(5月27日)で、インターシティはすべての列車が二等車を連結するようになり、1時間間隔の運転となった[21]

国際TEEの一部も、このときから二等車を連結したインターシティとなり、TEEではなくなった。これらの列車は西ドイツ国外では各国の特急、急行に相当する種別として運転されたが[22]1980年からは「国際インターシティ」という新種別が設定されている[23]。一方で一等専用のまま残ったTEEは、インターシティ網からは独立した列車と位置づけられるようになった。また西ドイツ国内でも一等専用の優等列車がいくつか残り、これもTEEとされた[24]。ただしこうしたTEEの需要は小さく[25]、国内TEEは1983年に全廃され、国際TEEも1987年ラインゴルトを最後に西ドイツからは姿を消した[26]

IC79におけるインターシティの4つの系統はIC71のときと同じであるが、以下の各区間で異系統の列車の入れ替えが行なわれ、例えば ハンブルク -(1号線)- マンハイム -(3号線)- バーゼル や ハンブルク -(3号線)- ハノーファー -(4号線)- ミュンヘン といったインターシティも運転された[27]

このほかにも国際インターシティとの入れ替わりによる区間運転や、キールヴェスターラントドイツ語版カッセルザールブリュッケンダルムシュタットなどインターシティの基本ネットワーク上にない都市への直通も行なわれている[21][28]

ダイヤはIC71ではあくまで約2時間間隔だったのに対し、IC79では各駅の発着時刻をほぼ分単位までそろえたパターンダイヤが徹底された。また異系統の接続はIC71のものに加え、ハノーファーで2号線のドルトムント方面と3、4号線のゲッテインゲン方面が、またフランクフルトで2号線のヴュルツブルク方面と3号線のマンハイム方面が乗り換え可能になっている[29]。1979年時点でのパターンは以下の通りであった[30]

インターシティの基本ダイヤパターン(1979年)
↓南行(着時刻/発時刻) 駅名 ↑北行(着時刻/発時刻)
1号線 2号線 3号線 4号線 1号線 2号線 3号線 4号線
- / 8:35 - / 9:45 ハンブルク中央駅 17:15 / - 16:09 / -
9:36 / 9:38 - / 12:09 ブレーメン中央駅 16:19 / 16:21 13:45 / -
- / 9:53 11:08 / 11:10 13:05 / 13:15 ハノーファー中央駅 16:00 / - 14:43 / 14:45 12:38 / 12:48
11:35 / 11:38 11:30 / 11:41 ドルトムント中央駅 14:17 / 14:23 14:12 / 14:22
12:53 / 12:57 12:51 / 13:03 ケルン中央駅 12:57 / 13:00 12:51 / 13:03
15:27 / 15:33 14:31 / 14:37 フランクフルト中央駅 10:22 / 10:28 11:17 / 11:23
15:24 / 15:27 15:21 / 15:29 マンハイム中央駅 10:27 / 10:30 10:25 / 10:33
16:53 / 16:59 16:48 / 16:58 ヴュルツブルク中央駅 8:57 / 9:03 8:58 / 9:07
19:10 / - 19:27 / - 19:42 / - ミュンヘン中央駅 - / 6:42 - / 6:30 - / 6:15
17:46 / - バーゼルSBB駅 - / 8:08
各系統ともこれを1時間単位でずらす形で、ほぼ6次台から23時台まで運行されている。一部の時間帯では途中駅で列車の入れ替わりがある。

IC85

1985年夏改正におけるインターシティ網

1985年夏ダイヤ改正(6月2日)では、1971年以来のインターシティの系統に初めて変更が加えられた(IC85)。従来の1、2号線を再編して1、2、5号線とし、ライン・ルール地域とライン・マイン地域の間では毎時3本のインターシティが走るようになった。また4号線の北端はハンブルクに変更され、ブレーメン - ハノーファー間は独立した4a線となるとともに、2時間おきにブレーマーハーフェンオルデンドルフまで直通した[1]

この新しいネットワーク(IC85)の大きな特徴はフランクフルト空港駅へ5号線のインターシティが乗り入れたことである[1]。空港駅への長距離列車の乗り入れは1982年ルフトハンザ・エアポート・エクスプレスとして始められていたが、これは短距離航空路線を代替する「航空便扱い」の列車であり、鉄道の乗車券では利用できなかった[31]。一般の長距離列車が空港駅に乗り入れたのはこれが初である[32]

インターシティの系統と基本停車駅(1985年)[21][33]
系統 経路、停車駅
1号線
Linie 1
ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅) - ブレーメン - オスナブリュック - ミュンスター - ドルトムント(5) - ボーフム - エッセン - デュイスブルク - デュッセルドルフ - ケルン - ボン - コブレンツ - ヴィースバーデン - フランクフルト(3)[注 1]
2号線
Linie 2
ハノーファー - ビーレフェルト - ハム - ドルトムント(5) - エッセン - デュイスブルク - デュッセルドルフ - ケルン(5) - ボン - コブレンツ - マインツ - マンハイム(3) - ハイデルベルク - シュトットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン
3号線
Linie 3
ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅) - ハノーファー(4A) - ゲッティンゲン - フルダ - フランクフルト(1,5)[注 1] - マンハイム(2) - カールスルーエ - バーデン・バーデン - オッフェンブルク - フライブルク - バーゼル(バディッシャー - SBB駅)
4号線
Linie 4
ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅) - ハノーファー(4A) - ゲッティンゲン - ベブラ - フルダ - ヴュルツブルク(5) - アウクスブルク - ミュンヘン
4a
Linie 4a
ブレーマーハーフェン または オルデンドルフ - ブレーメン - ハノーファー(3,4)
5号線
Linie 5
ドルトムント(1,2) - ハーゲン - ヴッパータル - ケルン(2) - ボン - コブレンツ - マインツ - フランクフルト空港 - フランクフルト(3)[注 1] - ヴュルツブルク(4) - ニュルンベルク - アウクスブルク - ミュンヘン

  1. ^ a b c 1,5号線の南行と3号線の北行、1,5号線の北行と3号線の南行がそれぞれ接続。対面接続とは限らない。

1号線の南行から2号線、5号線の南行へ、あるいは2、5号線の北行から1号線の北行への乗り換えはドルトムント - フランクフルト間の共通の停車駅で可能である。

1987年には新たな国際列車の種別としてユーロシティが生まれている。西ドイツ国内においてはユーロシティはインターシティと同格に扱われた[21]

1988年

1988年夏ダイヤ改正(5月29日)では、ハノーファーヴュルツブルク高速線のうちフルダ - ヴュルツブルク間が部分開業し、同区間を含むIC4号線が新線経由となった。新線区間での最高速度は200km/hである[21][34]

また同ダイヤ改正では、IC1号線の南端がフランクフルト・アム・マインからマインツマンハイム経由シュトットガルトに変更された[21]。この結果、ヘッセン州の州都であるヴィースバーデンには朝夕の2往復を除き長距離インターシティが一切止まらなくなった。このことへの代替措置として、マインツ - ヴィースバーデン間にIC1a線および2a線として毎時2往復の短距離インターシティ(愛称「ヴィースバーデン・シティ」)が設定され、マインツで長距離インターシティと接続した[35]

マインツ - ヴィースバーデン間はわずか10kmであり、Sバーンも頻繁に運行されている。このため特急料金の必要なヴィースバーデン・シティは事実上マインツでの乗り継ぎ専用の列車であった[36]。編成は客車2両という短いもので、折り返し時間の短縮のため両端に機関車を連結していた。1989年に専用の制御客車が製造され、機関車1両のプッシュプル方式となった[35]

東ドイツへの乗り入れ

ICマックス・リーバマン(1990年8月2日)。東ドイツ国鉄(DR)のロゴがある。

東西ドイツの分断以来、西ドイツと東ドイツおよび西ベルリンの間には、少数の急行列車のみが直通列車として運行されていた。しかし1989年11月9日ベルリンの壁崩壊により、直通列車の需要は急増した。

1990年5月27日、IC154/155「ヨハン・セバスチャン・バッハ」(フランクフルト・アム・マイン - ライプチヒ)が初めて東ドイツに乗り入れたインターシティとなった[37]

1990年9月1日にベルリン - ハンブルク間で運転を始めたIC130.139「マックス・リーバマン」は、初めてベルリンに乗り入れたインターシティであり、東西ドイツの再統合を象徴するものとして受け取られた。ベルリン発着のインターシティは、当初ベルリン - ハノーファー間で西ドイツ国鉄(DB)と東ドイツ国鉄(DR)の車両を使い二往復運行する予定であった。しかし東ドイツの車両はインターシティとしての水準を満たさないと判断されたため、元西ドイツ国鉄のインターシティ用気動車である601型気動車を利用することになった。また運行区間は、西ドイツ国鉄の西ベルリン管理局長であるChirstian Siegertの発案により、戦前のフリーゲンダー・ハンブルガーの伝統を引き継ぐべくベルリン - ハンブルク間に変更された。601型はこの時にはすでに西ドイツ国鉄からは除籍されており、イタリアのFERVET社に売却されていたものを東ドイツ国鉄が借りる形で、東ドイツ国鉄所属車として運転された[38]。9月30日からはマックス・リーバマンは客車列車に変更されている[37]

これらの列車はインターシティという種別ではあるが、ネットワーク化されていない単発の列車である。旧東ドイツ地域が本格的にインターシティ網に組み込まれるのは1991年以降となる[37]。なお東西ドイツは1990年10月3日に国家としては統合されたが、鉄道組織は1994年ドイツ鉄道発足まで分離されたままであった。

ICE以降のインターシティ

1991年

1991年夏改正におけるインターシティ・ICE網

1991年夏ダイヤ改正(6月2日)では、高速列車ICEの運行が始まった。ICEはインターシティと同様のネットワークに組み込まれ、ICE6号線(ハンブルク - ミュンヘン)として運転された。同ダイヤ改正ではインターシティ網も大きく変更され、3号線と5号線がベルリンへ乗り入れた。旧東ドイツ地域においてはこれらのインターシティは2時間間隔の運転となった。また1号線、2号線、4号線はそれぞれ末端部分で二つに分岐し、各々2時間間隔の運転となった。またヴィースバーデン発着の短距離インターシティは、マインツ行とフランクフルト・アム・マイン行の2種に分離された[39]

インターシティ・ICEの系統と基本停車駅(1991年)[39]
種類 系統 経路、停車駅
IC 1号線
Linie 1
(ヴェスターラント - または キール - ) ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅 - ハールブルク) - ブレーメン - オスナブリュック - ミュンスター - ドルトムント - ボーフム - エッセン - デュイスブルク - デュッセルドルフ - ケルン - ボン - コブレンツ - マインツ - フランクフルト - アシャッフェンブルク - ヴュルツブルク - ニュルンベルク

ニュルンベルク - レーゲンスブルク - プラットリングドイツ語版 - パッサウ ( - ウィーンブダペスト ) または ニュルンベルク - インゴルシュタット - ミュンヘン(中央駅)

ニュルンベルク - パッサウ、ニュルンベルク - ミュンヘン間2時間毎
IC 1A
Linie 1A
ヴィースバーデン - フランクフルト
2時間毎
IC 2号線
Linie 2
ミュンスター - レックリングハウゼン - ゲルゼンキルヒェン - エッセン / ドルトムント - ボーフム - エッセン

エッセン - デュイスブルク - デュッセルドルフ - ケルン - ボン - コブレンツ - マインツ - マインハイム - ハイデルベルク - シュトットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン(パーシング - 中央駅)

ミュンスター - エッセン間、ドルトムント - エッセン間は2時間毎
IC 2A
Linie 2A
マインツ - ヴィースバーデン
IC 3号線
Linie 3
ベルリン(中央駅 - フリードリッヒ通り - 動物園) - ポツダム - マグデブルク - ヘルムシュタット - ブラウンシュヴァイク - ヒルデスハイム - ゲッテインゲン - カッセル=ヴィルヘルムスヘーエ - フルダ - フランクフルト - マンハイム - カールスルーエ
2時間毎
IC 4号線
Linie 4
ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅) - ハノーファー - ゲッテインゲン - カッセル=ヴィルヘルムスヘーエ - フルダ - ヴュルツブルク - ※ニュルンベルク - アウクスブルク - ミュンヘン(※パーシング - 中央駅)
ヴュルツブルク - ミュンヘン間はニュルンベルクを経由するものとしないものを交互に運転。ミュンヘン・パーシング駅にはヴュルツブルク経由の列車のみ停車。
IC 5号線
Linie 5
ベルリン(中央駅 - フリードリッヒ通り - 動物園) - ポツダム - マグデブルク - ブラウンシュヴァイク - ハノーファー - ビーレフェルト - ハム - ドルトムント - ハーゲン - ウッパータル - ゾーリンゲン=オーリクス[注 1] - ケルン - ボン - コブレンツ - マインツ - マンハイム - カールスルーエ - バーデン・バーデン - オッフェンブルク - フライブルク - バーゼル(バディッシャー駅 - SBB駅) (- スイスイタリア各地)
ベルリン - ハノーファー間2時間毎
ICE 6号線
Linie 6
ハンブルク(アルトナ - ダムトーア - 中央駅) - ハノーファー - ゲッテインゲン - カッセル=ヴィルヘルムスヘーエ - フルダ - フランクフルト - マンハイム - シュトットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン(中央駅)
IC 6A
Linie 6A
ブレーマーハーフェン または オルデンドルフ - ブレーメン - ハノーファー
ブレーマーハーフェン - ブレーメン間とオルデンドルフ - ブレーメン間は2時間毎
  1. ^ 現ゾーリンゲン中央駅

これらのほか、インターシティ・ユーロシティが不等間隔ながら複数運行される経路として、ベルリン - ハンブルク間、ザールブリュッケン - フランクフルト - ライプチヒ - ドレスデン間などがあった。またケルン - アムステルダム間のユーロシティ(後に4A線と命名)は2時間間隔のパターンダイヤとなった[39]

その後もインターシティ、ICE網には年ごとに変更が加えられた。

1992年夏(5月31日)にはハンブルク - ベルリン - ドレスデン間がIC7号線(2時間間隔)、ベルリン - ライプチヒ - ニュルンベルク - ミュンヘン間がIC8号線(2時間間隔)となり[39]、またIC4号線がICEに転換された。その後もインターシティのICEへの置き換えは続いている[40]

1993年夏(5月23日)にはザールブリュッケン - フランクフルト - ライプチヒ - ドレスデン間が2時間間隔のIC9号線となった。1997年にはICE10号線(ベルリン - デュッセルドルフ)が新設された[39]

インターレギオとの統合

2002年冬のダイヤ改正(12月15日)では、ケルン-ライン=マイン高速線経由のICEが大量に新設された。これにともないICE,インターシティ網には大きな変更が加えられた。それまでインターシティの下位の種別であったインターレギオの大半が、この改正からインターシティに昇格した。この結果、幹線系統のインターシティがほぼICEで置き換えられた一方で、インターシティは亜幹線系統や、幹線でもICEより停車駅の多い系統が主流となった。元インターレギオであった系統の中には、国際列車であってもユーロシティではなくインターシティとされているものもある[39]

系統一覧

2010年冬ダイヤ改正(12月21日)時点でのインターシティ、ユーロシティの系統は以下の通り。季節列車や一部の曜日のみ運転される列車も含む[41][42]

インターシティの系統一覧(2010年12月改正時点)
系統 経路、主要停車駅 運行間隔
IC 26 ( オストゼーバート・ビンツドイツ語版 –) シュトラースズントロストック - / (ヴェスターラントドイツ語版 – / ハンブルク=アルトナ - ) ハンブルクハノーファーゲッティンゲンカッセル=ヴィルヘルムスヘーエ – ギーセンフランクフルト(マイン)ダルムシュタットハイデルベルクカールスルーエ (– コンスタンツ) 2時間毎[注 1]
(シュトラールズント -) ハンブルク – ハノーファー – ゲッティンゲン – カッセル=ヴィルヘルムスヘーエ – フルダヴュルツブルク (– ニュルンベルクパッサウ) / – アウクスブルク (– オーベルストドルフ / – ミュンヘンベルヒテスガーデン) 不等間隔
IC/EC 27 (ヴェスターラント – ハンブルク – または オストゼーバート・ビンツ - シュトラールズント - または シュチェチン –) ベルリンドレスデンチェコの旗プラハブルノ ( – オーストリアの旗ウィーン - フィラッハ / スロバキアの旗ブラティスラヴァハンガリーの旗ブダペスト) 2時間毎
IC 28 ヴァーネミュンデ – ロストック - ベルリン – ライプチヒ – ニュルンベルク – アウクスブルク – ミュンヘン 不等間隔
IC/EC 30 ( オストゼーバート・ビンツ/グライフスヴァルト - シュトラースズント – ロストック - または ヴェスターラント - または ハンブルク=アルトナ –) ハンブルク – ブレーメン – ミュンスター – ドルトムント – エッセン – デュイスブルク – デュッセルドルフ – ケルン – ボンコブレンツマインツマンハイム – ハイデルベルク – シュトットガルト (マンハイム – カールスルーエ – フライブルクスイスの旗バーゼルチューリッヒ - クール) 2時間毎
IC 31 (フェーマルン=ブルク または キール – または ハンブルク=アルトナ - ) ハンブルク – ブレーメン – ミュンスター – ドルトムント – ハーゲンヴッパータルゾーリンゲン – ケルン – ボン – コブレンツ – マインツ – フランクフルト(マイン) ( – ハーナウ – ヴュルツブルク – ニュルンベルク – パッサウ – オーストリアの旗リンツ ) 2時間毎
IC/EC 32 ( ベルリン – ハノーファー – ビーレフェルトハム –)ドルトムント – / (ミュンスター - レックリングハウゼン - ゲルゼンキルヒェン) エッセン – デュイスブルク – デュッセルドルフ – ケルン – ボン – コブレンツ – マインツ – マンハイム – ハイデルベルク – シュトットガルト (- ウルム – アウクスブルク – ミュンヘン – オーストリアの旗ザルツブルククラーゲンフルト または - ウルム – リンダウオーストリアの旗インスブルック または - ロイトリンゲンチュービンゲン) 2時間毎[注 2]
IC/EC 35 ノルトダイヒ・モーレドイツ語版エムデン - ライネ – ミュンスター – レックリングハウゼン - ゲルゼンキルヒェン - オーバーハウゼン - デュイスブルク – デュッセルドルフ – ケルン – ボン – コブレンツ – トリーアルクセンブルクの旗ルクセンブルク ( コブレンツ – マインツ – マンハイム – シュトットガルト / マンハイム - カールスルーエ – コンスタンツ) 2時間毎
IC 50 (ドレスデン –) ライプチヒ – エアフルトアイゼナハ – フルダ – フランクフルト南駅フランクフルト空港 2時間毎
オストゼーバート・ビンツ – シュトラースズント – ベルリン – ハレ – エアフルト – アイゼナハ – フルダ – フランクフルト南駅 – フランクフルト空港 不等間隔
ドレスデン – ライプチヒ – エアフルト – アイゼナハ – カッセル=ヴィルヘルムスヘーエ – パーダーボルン – ハム – ドルトムント – エッセン – デュイスブルク – デュッセルドルフ 不等間隔
IC 55 ライプチヒ – ハレ – マグデブルクブラウンシュヴァイク – ハノーファー – ビーレフェルト – ハム – ドルトムント – (エッセン – デュイスブルク – デュッセルドルフ) または (ハーゲン – ヴッパータル – ゾーリンゲン) – ケルン ( - ボン – コブレンツ – マインツ – マンハイム – ハイデルベルク – シュトットガルト – ウルム – オーベルストドルフ) 2時間毎
IC 56 (ノルトダイヒ・モーレ – エムデン - ) オルデンブルク – ブレーメン – ハノーファー – ブラウンシュヴァイク – マグデブルク – ハレ – ライプチヒ – ドレスデン ( マグデブルク – ポツダム – ベルリン – コトブス) 2時間毎
ヴァーネミュンデ - ロストック - マグデブルク– ハレ – ライプチヒ – ドレスデン 不等間隔
IC/EC 60 (フランスの旗ストラスブール - ) カールスルーエ – シュトットガルト – ウルム – アウクスブルク – ミュンヘン ( - オーストリアの旗ザルツブルク ) 2時間毎
IC 61 (バーゼル –) カールスルーエ – プフォルツハイム – シュトットガルト – アーレン – アンスバッハ – ニュルンベルク (– パッサウ) 2時間毎
IC/EC 62 (ジーゲン - ギーセン -) フランクフルト(マイン) – ダルムシュタット – ハイデルベルク - / (ザールブリュッケン - カイザースラウテルン – マンハイム - ) シュトットガルト – ウルム – アウクスブルク – ミュンヘン – ザルツブルク (– オーストリア各地、リュブリャナザグレブ - ベオグラード ) 2時間毎
EC 75 ハンブルク – リューベックプットガルテンドイツ語版渡り鳥コース – コペンハーゲン 不等間隔
IC/EC 77 ベルリン – ヴォルフスブルク – ハノーファー – オスナブリュック ( - ミュンスター ) – ライネ – オランダの旗アムステルダム南駅 - スキポール 2時間毎
IC 87 (フランクフルト(マイン) – ダルムシュタット - ハイデルベルク - ) シュトットガルト – ジンゲン – スイスの旗チューリッヒ 2時間毎
EC 88 ミュンヘン – メムリンゲン – リンダウ – オーストリアの旗ブレガンツスイスの旗チューリッヒ 不等間隔
EC 89 ミュンヘン – オーストリアの旗インスブルック – イタリアの旗ボルツァーノ ( – イタリア各地) 2時間毎
EC 95 ベルリン – フランクフルト(オーダー)ポーランドの旗ポズナン - ワルシャワ 不等間隔
EC 99 ハンブルク=アルトナ – ザルツヴェーデルドイツ語版 – ベルリン – コトブス – ポーランドの旗ヴロツワフクラクフ 不等間隔

かっこ内は一部列車のみ直通し、パターンダイヤからは外れる。

  1. ^ シュトラールズント - ハンブルク間の一部は30号線の列車
  2. ^ 一部は55号線の列車

このうち28,31,50,76の各系統はインターシティ・ユーロシティICEの共通の系統であり、インターシティ・ユーロシティのみでは不等間隔でもICEと合わせるとパターンダイヤとなっている区間もある[41][43]。またインターシティの各系統ごとの運行頻度は2時間間隔が基本であるが、以下の各区間では二系統のインターシティ・ユーロシティを合わせると1時間間隔となる[41][42]

これらは1971年当時のインターシティ網のうち、現在でもインターシティが主となって運行されている区間でもある。ただしケルンとライン=マイン地域の間には、ボンコブレンツに停車しないもののケルン-ライン=マイン高速線経由のICEがより高頻度で運行されており、またケルン、ヴッパータル、ハーゲンとハノーファーの間ではドルトムントを経由しないICE10系統が1時間間隔で運行されている。またケルン - マインツ間では30,31系統より停車駅の多いインターシティもある[41][43]

脚注

注釈

  1. ^ 直訳すれば「長距離列車」であるが、急行列車(Schnellzug, D-Zug)の上位の列車であるため特急列車とも訳される。以下では「長距離を走る列車」の意味と区別するため特急列車と表記する。
  2. ^ ただしスイスバーゼルへ乗り入れるものも含む。

出典

  1. ^ a b c d e f Pillmann, Zeno; THD (2008), “Der Bruder des TEE”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 14-21 
  2. ^ Mertens & Malaspina 2007, pp. 18-21
  3. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 261-266
  4. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 266-267
  5. ^ Z.P.; GM (2008), “Ein neuer Name”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 12-13 
  6. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 613-614
  7. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 371
  8. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 274-275
  9. ^ a b c ファキナー & 植田 1978
  10. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 376
  11. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 381-382
  12. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 375
  13. ^ a b Scharf & Ernst 1983, p. 385
  14. ^ Münzer, Lutz (2008), IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 22-23 
  15. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 421-425
  16. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 434-435
  17. ^ a b 山ノ内 1981, pp. 48-51
  18. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 415
  19. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 415-416
  20. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 417-421
  21. ^ a b c d e f Pillmann, Zeno; THD (2008), “Premium für alle”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 26-38 
  22. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 451-452
  23. ^ Mertens & Malaspina 2007, pp. 16-19
  24. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 487
  25. ^ Mertens & Malaspina 2007, p. 393
  26. ^ Mertens & Malaspina 2007, p. 39
  27. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 453-454
  28. ^ Scharf & Ernst 1983, pp. 456-459
  29. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 444
  30. ^ Scharf & Ernst 1983, p. 443
  31. ^ Jacobson 2009, p. 150
  32. ^ HBS; GM (2008), “Per Zug zum Flug”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 40-41 
  33. ^ Thomas Cook Continental Timetable January 1986, table 633,634,637,638,658,662,663,664
  34. ^ Pillmann, Zeno; GM (2008), “Die schnellen Verbindungen”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 56-57 
  35. ^ a b Schönborn, Hans-Bernhard; GM (2008), “Kurz und kurios”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), p. 42 
  36. ^ 野田 1995, pp. 19-21
  37. ^ a b c Pillmann, Zeno; GM (2008), “Züge für Deutchland”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 70-71 
  38. ^ Koschinski 2001, pp. 50-51
  39. ^ a b c d e f Pillmann, Zeno; GM (2008), “In der 2. Rheihe”, IC Intercity -(BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), pp. 58-69 
  40. ^ Koschinski 2008, p. 79
  41. ^ a b c d EC-/IC-Netz 2011 (PDF)”. DB Netz AG (2010年10月). 2011年9月26日閲覧。
  42. ^ a b Thomas Cook European Timetable December 2010, table 800-946
  43. ^ a b ICE-Netz 2011 (PDF)”. DB Netz AG (2010年10月). 2011年9月26日閲覧。

参考文献

  • Jacobson, Claus-Jürgen (2009) (ドイツ語), Deutsche Schnellzug Legenden, Stuttgart, Germany: transpress, ISBN 978-3-613-71332-1 
  • Koschinski, Konrad (2001) (ドイツ語), TEE VT 11.5 und VT 18.16 - Bauart Görlitz (Eisenbahn Journal Sonder-Ausgabe 4/2001), Fürstenfeldbruck, Germany: Eisenbahn JOURNAL, ISBN 978-3-89610-084-X 
  • Koschinski, Konrad (2008) (ドイツ語), ICE (Eisenbahn Journal Sonder-Ausgabe 2/2008), Fürstenfeldbruck, Germany: Eisenbahn JOURNAL, ISBN 978-3-89610-195-2 
  • Mertens, Maurice; Malaspina, Jean-Pierre (2007) (フランス語), La légende des Trans-Europ-Express, LR Press, ISBN 978-2-903651-45-9 
  • Scharf, Hans-Wolfgang; Ernst, Friedhelm (1983) (ドイツ語), Vom Fernschnellzug nach Intercity, Eisenbahn-Kurier, ISBN 3-88255-751-6 
  • Hans-Daout, Thomas; Weltner, Martin; Butz, Aurel, eds. (2008) (ドイツ語), IC - Intercity (BAHN EXTRA 4/2008 - Juli/August), München, Germany: GeraMond, ISBN 978-3-89724-202-9 
  • 野田隆 『ドイツ鉄道旅物語』 東京書籍、1995年。ISBN 4-487-79221-5 
  • 山之内秀一郎 『世界鉄道の旅』 大陸書房、1981年。ISBN 4-8033-0512-9 
  • フリードリッヒ・ファキナー; 植田信行 「TEEの未来 - 西ドイツにみる課題と問題点 -」、植田信行編 『世界の鉄道 国際特急』 徳間書店〈カラーバックス〉、1978年、160-163頁。 
  • Thomas Cook Continental Timetable, Thomas Cook  各号
  • Thomas Cook European Timetable, Thomas Cook, ISSN 0952-620X  各号
  • Thomas Cook European Rail Timetable, Thomas Cook, ISSN 0952-620X  各号

関連項目