タヌキモ属

タヌキモ属
Utricularia vulgaris Sturm.jpg
タヌキモ(U. vulgaris)のイラスト
分類
: 植物界 Plantae
: 被子植物門 Magnoliophyta
以下の分類はクロンキスト体系による
: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
亜綱 : キク亜綱 Asteridae
: ゴマノハグサ目 Scrophulariales
: タヌキモ科 Lentibulariaceae
: タヌキモ属 Utricularia
学名
Utricularia
(L., 1753)
英名
Bladderworts
226種
タヌキモ属の分布

タヌキモ属(Utricularia)は、ゴマノハグサ目タヌキモ科に分類される植物。タヌキモ属に分類される植物は約226種とされるが、分類方法によっては215種などとされることもある[1]南極を除く世界中の湖沼湿地に生育している。

大形の花をつける種もおり、花の観賞目的で栽培されることも多い。またタヌキモ属に分類される植物は全て食虫植物であり、愛好家も多い[2]。観賞目的で栽培される際には、属名のウトリクラリアで呼ばれることもある。

概要

タヌキモ属は、水生植物と湿生植物を中心に構成されており[3]南極を除く世界中の淡水湖沼湿地に分布している。模式種タヌキモ(U. vulgaris)[4]

タヌキモ属に分類される種はすべて食虫植物で、被子植物全体の1%にも満たない食虫植物のうち、およそ半数の種がタヌキモ属に分類されている[5]。陸生植物として生育する種の多くは、湿った土壌に生息する原生動物輪形動物といった比較的小型の獲物を捕獲するため、小型の捕虫嚢をもつ傾向にある。一方タヌキモのように水草として生育する種では、ミジンコ線虫の幼虫(ボウフラ)、発生初期のオタマジャクシなど、比較的サイズの大きいの獲物を捕獲するために、陸生の種と比べて大型の捕虫嚢をもつ。日本に生息する種は、湿地に生息するミミカキグサ類と、水生のタヌキモ類に大別される[3]。また、一部の種は着生植物や岩生植物として生育している。

匍匐茎や葉状茎などにつく捕虫嚢は、普段は入口が閉じられている。捕虫嚢内部からは絶えず水が排出され、外部環境より水圧が小さい状態が保たれている[6]。一旦獲物が毛に触れて、機械的な刺激が伝達されると、周りの水ごと獲物を捕虫嚢内に吸い込み、捕虫嚢の入り口が閉じられる。

タヌキモ属の各種のといった栄養器官の構造については、他の被子植物と大きく区別される点はない[7]。しかし捕虫嚢は非常に特殊な器官で、あらゆる植物の中で最も洗練された構造の一つであると考えられている。

名称

原記載は、カール・フォン・リンネの『植物の種』(en)によってなされた[8]。属名の Utricularia は、タヌキモ属に袋状の捕虫嚢があることから、ラテン語の utriculus(小さい袋、革袋などの意)にちなんで命名された[9]。また utriculus は卵形嚢という意味でもある。

和名の「タヌキモ」(狸藻)は、水生の種の茎葉をタヌキに見立てて名づけられた[2]。また湿地性の種につけられる「ミミカキグサ」の名は、果実を包む(がく)が耳掻きの先端部分のような形になり[10]、花茎を含めた草体全体が耳かきのように見えることから付けられた。

形態

タヌキモ(U. vulgaris)の匍匐茎、分枝したシュート、捕虫嚢

植物体の構造

タヌキモ属の植物体の大部分は、通常地表面または水中に匍匐する。陸生の種の中には、光合成のためのシュートを展開し、わずかに上方向に伸長するものもあるが、ふつうタヌキモ属の植物体のうち、上部に突き出すのは花茎のみである。ほとんどの種は、長く細い地下茎匍匐茎をち、地中ないし水中で分枝する。その茎には捕虫嚢が形成される。また茎からは種によってさまざまな形態の葉を展開する。例えばミミカキグサ類ではヘラ状の葉をつけるが、タヌキモ類では糸状の裂片をつける。また、一部の種は着生植物として生活している。また、水生の種は根やそれに代わる器官をもたない[11]

特に水生の種では、大型で目立つ捕虫嚢をもっているが、捕虫嚢によって獲物を捕獲していることが発見される前は、この器官は浮き袋としての役割を担っていると考えられていた[12][13]。また、分枝の先端に殖芽とよばれる越冬芽を形成して、無性的に繁殖する。殖芽は植物体が枯死した後に水底に沈んで、次の春に発芽する[14]

植物体のうち、明らかに地上部に突き出すのは、基本的には花軸だけである。花軸の先には、種によって 2 mm-10 cmまでさまざまな大きさの花をつける。花は2つの非対称な唇形の花弁をもち、通常下側の花弁が上側の花弁より大型となる。花の色も種によってさまざまであり、タヌキモやイヌタヌキモ(U. australis)のように黄色い花をもつものや、ムラサキミミカキグサ(U. uliginosa)のような紫色の花、U. quelchii のような赤色の花、U. alpinaのような白い花などが知られる。花の構造は、同科の食虫植物であるムシトリスミレ属の各種と類似する[15]。また U. alpina のように、ラン科に類似した花をつける種もある。

一部の種は、ある時期に閉鎖花を形成して、自動自家受粉を行う。しかしまた別の時期には開放花を形成するということもある。また、一個体に開放花と閉鎖花を両方形成することもあり、例えばフサタヌキモ(U. dimorphantha) や U. geminiscapa では、水上に展開した開放花のほかに、水中に自家受粉によって種子を形成する閉鎖花をつける。種子は非常に小さく、大部分の種では長さ0.2-1.0mm程度の種子を生産する[15][16]

タヌキモ属の種は自家受粉による種子生産が中心であると考えられており[17]、実際に水生のタヌキモ類では開花率、結実率が非常に低く、花粉の不稔性が高いとされる[18]

生育環境、生態

タヌキモの殖芽(球形の部分)

タヌキモ属の種は、淡水域であればあらゆる環境で生育できるが、南極や一部の太平洋の島などにはタヌキモ属の種が生育していない。また、もっともタヌキモ属の種類が多い地域は、南アメリカオーストラリアである[1]。多くの食虫植物と同様、タヌキモ属はミネラル分の溶存量が少ない湿った土壌や、腐植質の土壌で生育する[5]。水溶性のミネラルが流水によって失われるような非常に湿潤な土壌では、多くのタヌキモ属の種が、サラセニアモウセンゴケといった他の食虫植物と一緒に生育していることもある。

タヌキモ属の種のおよそ80%は陸生で、湿性の土壌や湛水土壌では、小型の捕虫嚢を常に水に触れさせることができる。これらの種は、地下水面が地表面と非常に近いような湿地でも生育が確認される。陸生の種は世界中に分布するが、ほとんどは熱帯に生息している[15]

残りの約20%の種の3分の2ほどは水生植物であり、残りは着生植物岩生植物(en)である[15]。水生の種のほとんどは池や、流れが穏やかで底土が泥質である水域で、水面を自由に漂っており、開花のときのみ水上に花を突き出す。例えばタヌキモは、ユーラシア大陸の池や水路に分布する水生の種であり、匍匐茎を水中で筏のように展開し、全長1m以上にもなる[15]。また岩生植物として生育する種は、流れの速い水域や滝などにも適応している[19]水生の種は酸性の水中でふつうに見られるが、アルカリ性の水域でも非常に良好な生育を示す。しかしアルカリ性の水域では、より多くの種が成育しており、競争が激しいためにタヌキモ属の種が生育できないものとみられる[19]

南アメリカの一部の種は着生植物で、熱帯雨林の湿ったコケや樹皮の上、時にはチランジアなど他の着生植物の上にはりついて生育している[20]U. nelumbifolia などロゼットを形成する着生性の種は、走出枝(ランナー)を伸ばして、近くに生育しているパイナップル科の種などを探し出し、新たな生育地とする[16]

タヌキモ属の種は、厳しい気候条件下においても、その植物体の構造や摂食行動によって、非常に高度に適応して生き残ることが出来る。温帯の多年生植物は、冬期には草体を枯死させて新たに再生させる必要があり、冬期がなければ草体が弱体化する。一方熱帯や暖帯の種は、休眠する期間が必要ない。

イギリスシベリアなど気温の低い地域では、タヌキモ属の各種は茎の先端に殖芽を形成する。秋期を過ぎると草体の生長が鈍化し、植物体そのものは枯死または凍結してしまうが、殖芽は茎から分離して水底に沈み、氷の下で越冬できる。そして春に発芽して、ふたたび水面で生長する。オーストラリアに生育する種の多くは雨季にのみ生長し、10mm程度の大きさの塊茎を生産して乾季を過ごしている。そのほかの種は一年草で、種子によって越冬する[15]

捕虫嚢

U. hamiltonii の捕虫嚢
茎につくノタヌキモの捕虫嚢

捕虫嚢の形態

タヌキモ属にみられる吸引型の捕虫嚢は、さまざま植物でみられる捕獲用トラップの中でも、最も洗練されたものであるとされる[15][20][16][19][21][22]。捕虫嚢は匍匐茎やシュート、塊茎、葉状茎(phylloclades)につき[11]、通常ソラマメに似た形態をしている。ただし種によって捕虫嚢は多様な形態をとる。

捕虫嚢の壁は2細胞からなる薄い構造で、透明である。しかし、動物プランクトンなどの獲物を捕らえた捕虫嚢は黒色になる[2]。捕虫嚢内部は真空状態であるが、袋形を維持するのに十分な柔軟性をもっている。捕虫嚢の入口は円形または楕円形の舌状になっており、その上部は捕虫嚢本体とくっついて蝶番のような構造となり、柔軟に動くようになっている。捕虫嚢の入口の下部には、velum とよばれる膨らんだ柔らかい組織があり、入口をぴったり閉じるのに役立っている。また捕虫嚢の外側の細胞から、糖類を含む粘質物(en)を分泌し、入口の密着や糖による獲物の誘引などの役割を果たしていると考えられている。

陸生の種は、一般に小型(0.2-2.5mm)の捕虫嚢を持つ[15]。捕虫嚢にはくちばし状の構造があり、捕虫嚢の入口へ獲物を誘導するはたらきと、ごみなどの不要な物質が捕虫嚢に入らないように防いでいるものと考えられている。水生の種の捕虫嚢はより大型化(通常0.2-6.0mm、最大1.2cm)し[15]、くちばし状の構造はもたないが、分枝するアンテナ状の構造を持つ[11]。そのアンテナ状構造には、獲物を捕虫嚢の入口に誘導する役割[23][21]や、ごみなどによって入口を閉じる反応の引き金が引かれないように防ぐ役割がある。着生植物の種がもつ捕虫嚢は、水生の種のものよりは小型(0.4-2.5mm)であり[15]、分枝しないアンテナ状構造をもつ。その構造は水生の種のものと同様の役割を果たしているが、着生植物の場合、アンテナ状構造が水を貯めるポケットとしても機能し、捕虫を助けているものと思われる[16]

また、U. hamiltonii など、大きい捕虫嚢と小さい捕虫嚢といった2つのタイプの捕虫嚢をもつ種もいる[11]

捕虫のメカニズム

水生の種の捕虫嚢。長いアンテナ状の構造(簡略化して描かれている)によって、ミジンコなどを捕虫嚢の入口へ誘導する。
捕虫嚢の仕組み。水圧の差によってへこんでいた捕虫嚢の入口が突然開くことにより、外液を取り込んで急激に膨らむ。その時入口の近くにいたミジンコなどが捕虫嚢内に吸い込まれる。

タヌキモ属の捕虫嚢が作動する仕組みは単純で、ハエトリグサムジナモモウセンゴケなどの他の食虫植物とは違い、植物に獲物が触れた刺激を感知する機構があるわけではない。メカニズムとしては、絶えず能動輸送によって捕虫嚢外へ水を排出するという機構がはたらいているだけである[16]。捕虫嚢の入口にある毛状の構造は、trigger hairsantennae などと言及されることもあるが、ハエトリグサやムジナモにみられる構造のように刺激を感知して反応を起こす器官としての役割はない。

捕虫嚢の内容液は外液との浸透圧に差はないと考えられており、捕虫の際に嚢内に吸水した液体については、外液と内液の浸透圧の差によって排出されているのではなく、嚢壁細胞を通じて液体を移動し、嚢外に排出すると考えられている[24]

捕虫嚢内から水が排出されると捕虫嚢はへこみ、内部に真空状態が形成される。捕虫嚢の両側は内向きに曲がり、ばねのようにエネルギーを蓄積する。そして最終的に、捕虫嚢内の水を排出しきると、浸透圧によって捕虫嚢が「セット」された状態になる[16]。捕虫嚢の入口は、口の下部にある付着性のふくらみ(velum)によって閉じられており、毛状の構造が何かに触れた際の振動などで、ぴったりと閉じられていた入口に隙間が生じ、そこから水が流入するため、実質的には毛状の構造が平衡を破っていることになる[16]

一度入口が開くと、ばねのように緊張していた捕虫嚢の両側が即座に緩み、楕円形になる。入口が開くと水が流入し、毛状構造に触れた動物プランクトンなどが水と共に吸引される。捕虫嚢内が水で満たされると入口は直ぐに閉じられる。この一連の過程が完了するまでの時間は、1000分の10から1000分の15秒である[20][16]。獲物が捕虫嚢内にいても内部の水は排出され続け、次の捕獲準備までにはわずか15-30分しかかからない[16]

ふつう捕虫嚢に捕らえられる生物は、水生の甲殻類ダニ線形動物輪形動物原生動物などとされている[5]。取り込まれた獲物は、通常数時間以内に消化酵素によって溶かされる。例えばゾウリムシは、捕虫嚢に取り込まれて75分ほどで消化される[13]。消化酵素には、プロテアーゼ酸性フォスファターゼエステラーゼなどが含まれている[25]。しかし一部の原生動物は高い消化耐性をもち、数日間捕虫嚢内で生存することもある。

また捕虫嚢内には、内液に存在する栄養分を利用するバクテリア放線菌藻類などが多く生息しており、微生物群集を形成している[5]。その微生物群集の構成比は、捕虫嚢が形成されてから経過した時間によって変化している[5]。このことから、タヌキモ属植物と捕虫嚢内の微生物群集が一種の共生関係にある可能性が示唆されている[5]

ヒメタヌキモ
オオタヌキモ
フサタヌキモ
ムラサキミミカキグサ

タヌキモ属はタヌキモ科に分類される属の一つであり、タヌキモ科にはタヌキモ属のほかにムシトリスミレ属ゲンリセア属が分類されている。また、食虫植物の属の中ではタヌキモ属が最大である。

その3属以外に、かつてタヌキモ科には Polypompholyx 属と Biovularia属が記載されており[16]Polypompholyx tenellaPolypompholyx multifidaBiovularia olivaceaBiovularia cymbantha などの種が記載されていたが、現在ではすべてタヌキモ属に含められている。

タヌキモ属には約250種が記載されていたが、ピーター・テイラー(en)によって214種に減らされた[15]。テイラーの分類は、分子系統学的な研究によって修正がなされ、現在でも用いられている(後述)。

種数は分類方法によって若干異なる。例えば、日本ではタヌキモイヌタヌキモを同種と扱っていることもあった[26]が、現在では別種とされており、これまでタヌキモとイヌタヌキモが混同されていた可能性が指摘されている[3]

以下に主な種と、主な分布域を挙げる。なお、ここで挙げたタヌキモ類の各種は Utricularia 亜属、ミミカキグサ類の各種は Bivalvaria 亜属に分類される。

タヌキモ類

ミミカキグサ類

分子系統樹

下の分岐図は、亜属と節の関係を示したものである。この図は、Jobson et al.(2003)とMüller et al.(2004)に基づいて描かれ[33][34]、さらにMüller et al.(2006)による知見を加えて作成された[35]Aranella 節と Vesiculina 節は多系統群で、図中では * で示した。

 亜属 Utricularia 

 節 Avesicaria

 *節 Vesiculina

 U. olivacea

 *節 Vesiculina

 節 Nelipus

 節 Lecticula

 節 Utricularia

 節 Orchidioides

 節 Foliosa

 亜属 Bivalvaria 

 節 Oligocista

 節 Avesicarioides

 節 Benjaminia

 節 Stomoisia

 節 Enskide

 *節 Aranella

 節 Calpidisca

 節 Lloydia

 節 Australes

 節 Nigrescentes

 節 Phyllaria

 *節 Aranella

 亜属 Polypompholyx 

 節 Pleiochasia

 節 Polypompholyx

いくつかの単型の節については、これらの研究結果に含まれていないため、この分岐図における位置は不明である。上図に含まれていない節は次の通り。



保護

タヌキモ属の種の中には、環境の悪化などによって個体数を減らしている種もある。2009年現在、IUCNレッドリストに記載されている種はないが[36]日本レッドデータブックなどでは多くの種が絶滅危惧種とされている[37]。特に日本固有種のフサタヌキモなどは、人間活動の影響が大きい平地の水域に生育するため、水質悪化や埋め立てなどの影響を強く受け、消滅寸前の種となっている[38]。しかしその希少性から、自生地の個体が盗掘されることもある[39]

また湿地干拓や埋め立ての対象となりやすく、もっとも危機に瀕している自然環境の一つである[40]。そのため、ミミカキグサ類など湿地性のタヌキモ属が個体群を減らすことが懸念されており、日本埼玉県などでは自生地を天然記念物に指定して、増殖事業を行っている[41]。また愛知県では、ミミカキグサ類などが自生する壱町田湿地葦毛湿原を環境保全地域に指定し、保護に取り組んでいる[42]

利用

タヌキモ属の各種は、観賞用にアクアリウムなどで栽培される。食虫植物であるということもあり愛好家が多く、フサタヌキモなど希少な種は高い値段で売買されることもあるという[2]

タヌキモ属は栽培の容易な種が多く、コタヌキモ(U. intermedia)など一部の種を除いて、水槽で容易に育成できる[43]。水槽での育成には炭酸ガスの添加が有効である[43]

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外部リンク

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