フロギストン説

フロギストン説(フロギストンせつ、phlogiston theory)とは、「燃焼」はフロギストン(燃素、ねんそ)という物質の放出の過程である という科学史上のひとつの考え方。「燃素説」とも呼ばれる。この説そのものは決して非科学的ではないが、後に、より現象を有効に説明する酸素説が提唱されたことで、忘れ去られていった。

概要

1669年、ドイツ人科学者のベッヒャー (Becher, Johann Joachim, 1635-82) が、物質には「燃える土」という元素が存在すると提唱した。これはあらゆる可燃性物質の中に含まれ、燃焼はこれが他の物質と分離する現象であると説明される。ものを燃やすと煙が出ることからこの仮説が生まれた、と思われる。 1703年、ドイツの医師ゲオルク・エルンスト・シュタールはベッヒャーの説を受けて、「油性の土」にギリシャ語で「火をつける」という意味を持つ「フロギストン phlogiston(燃素)」という名称を与えた。燃えやすい物質ほどフロギストン濃度が高いと解釈される。彼の著作『化学の基礎』(1697年)では、このフロギストン説に関する理論が展開されている。また、生命現象もフロギストンが関わっており、フロギストンの少ない空気ほどネズミが長命なことから、「脱フロギストン空気」は「良好な空気」と見なされた(現在の科学の知見では、これこそ酸素の濃い空気であり、むろん、酸素が濃ければ健康にもよい。ただし濃すぎると酸素中毒になる)。

ジョセフ・プリーストリーが水銀灰を使った実験で酸素を発見し(厳密には、プリーストリー本人は脱フロギストン空気を集めたと思っていた)、アントワーヌ・ラヴォアジエが密閉容器での酸化によって質量保存の法則を定式化するに至って、フロギストン説は棄却され、カロリック説に移行した。なにものかが放出されるなら、燃えた後のものの質量は減少するはずだが、実際には酸化によって酸素の質量が加えられ、重くなっているため、フロギストン説は淘汰されざるをえなかったのである。

現代では忘れ去られたに近い説だが、一部のSF作品ではガジェットのひとつとして登場することがある。

なお、フロギストン説が棄却される際、あくまでもフロギストン説を守り通したい科学者は、ラヴォアジエの実験に対し、「フロギストンにはの質量がある」とアドホックな修正を加えた。むろん、負の質量を検出することは不可能であり、この修正はフロギストン説の持っていた反証可能性を奪ってナンセンスにしてしまった。また、観察の理論負荷性を主張する科学哲学研究者にとって、「良好な空気」をフロギストンと見るか酸素と見るかは観察の理論負荷性の代表的な事例である、と見なされる。

関連項目