京急700形電車 (2代)

京急700形電車(2代)
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京急700形(2代)
(2004年6月17日 小島新田駅
基本情報
製造所 東急車輛製造
川崎車輛/川崎重工業
主要諸元
編成 3・4両
軌間 1435(標準軌
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
最高運転速度 110
設計最高速度 120
起動加速度 MTTM:2.7km/h/s
MTM:3.5
減速度(常用) 4.0
減速度(非常) 4.5
車両定員 140人
座席定員 48人
車両重量 デハ700形(非冷房車):34.5t
デハ700形(冷房改造車):35t
サハ770形(非冷房車):26.5t
サハ770形(冷房改造車):28.5t
編成重量 122.0t(非冷房車)
127.0t(冷房改造車)
全長 先頭車18,500mm
中間車17,500
全幅 2,798
全高 デハ700形(非冷房車):4,000mm
デハ700形(冷房改造車):4,050mm
サハ770形(非冷房車):3,700mm
サハ770形(冷房改造車):4,005
主電動機 補償巻線付直巻電動機
主電動機出力 150kW×4
駆動方式 中空軸撓み板式軸型継手または撓み歯車型軸継手
歯車比 84:17 (4.94) または82:19 (4.32)
編成出力 1,200kW
制御装置 電動カム軸式直並列複式 抵抗制御
制動装置 発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ応荷重装置付き)
保安装置 1号型ATS
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(1986年2月25日 京急本線 横浜-京浜川崎)

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京急700形電車(けいきゅう700がたでんしゃ)は1967年昭和42年)6月[1]から2005年平成17年)11月まで在籍していた京浜急行電鉄通勤形電車

概要

自社線内普通列車用として設計・製造され、高度経済成長を背景に混雑が激しくなったラッシュ時への対応として京急初の片側4扉車とされた。

全車電動車1000形に対し、製造当時の私鉄各社の趨勢に倣ってMT比を1:1とし、先頭車が電動車デハ700形、中間車が付随車サハ770形となった。出力150kWのモータを採用、粘着性能向上のため電動車の車長が付随車より1m長くなっている。

設計時はMTMの3両編成2本で普通列車の6両編成化に対応する構想で、サハ770形の形式番号もMTM編成とした場合のデハとサハの比率を反映して付与されたが、駅ホーム延伸などの対応が遅れていたこと、車両数増加の必要性から1967年(昭和42年)から1971年(昭和46年)にかけてMTTMの4両編成21本(84両)が製造され、サハ770形は799の後は770・761-769・760・751・752という変則的な番号になった。

1974年(昭和49年)から1980年(昭和55年)にかけてサハ770形1両をはずしたMTM3両編成とされた編成があり、これとは別に電動車を増備する構想、付随車1両を早期に廃車する構想は存在したようだが、運用面の都合や車両冷房化の必要性から1972年(昭和47年)以降の増備は1000形冷房車に移行、第2次オイルショック後の省エネルギー機運の高まりにより、本形式の開発コンセプトは1978年(昭和53年)登場の800形として結実することとなった。800形登場後は収容力を生かし、ラッシュ時の通勤快特用や優等列車の増結用として活用され、大師線でも運用された。

1980年から1988年(昭和63年)にかけて冷房改造が行われた後、1998年(平成10年)から2005年(平成17年)にかけて廃車され、一部は高松琴平電気鉄道に譲渡された。

京急本線上で南側を「浦賀方」、北側を「品川方」または「品川」、東側を「海側」、西側を「山側」と呼ぶ。編成番号は浦賀方先頭車の車両番号で代表する。「1000形」は1959年(昭和34年)登場の1000形(初代)、「新1000形」は2002年(平成14年)登場の1000形(2代)、「800形」は1978年(昭和53年)登場の800形(2代)をさす。

外観

正面貫通式、1,200mm幅の片開き片側4扉、ドア間窓2枚、車端部窓1枚、運転台後部窓1枚。正面は1967年製が高運転台構造とされたほかは1000形と同一のガラスを使用したため、1000形と類似した印象を受けるが、前照灯が埋め込まれ、貫通幌枠、渡り板が無いなどの差がある。 1000形に比べ連結面後退角の縮小など工作が簡略化されている。客用窓は京急としては小さめの900mmX900mmの2段上昇式、全開可能で、保護棒が取り付けられていた。戸袋窓はHゴム支持の固定式である。デハ700形奇数番号車のドアは品川方に向かって開き、それ以外の車両はこの逆に開く。デハ700形の側窓配置はサハ770形に運転台を取り付けたものとされている。 デハ700形に主制御器、パンタグラフ、サハ770形に補器を搭載していた。1000形で採用されていた上屋根は廃止され、FRP製の狭幅のカバーが設けられた。

内装

内装色は1000形などと同様に壁がオリーブグリーン、天井が白、座席が青、床色が薄緑。座席はロングシートで、立ち席面積を広く取るため奥行きが浅く、座面が高いものとされた。非冷房車は丸屋根で換気装置は首振り扇風機。冷房車は平天井。

主要機器

主電動機

  • 東洋製:TDK-819-A(出力150kW、端子電圧750V、電流224A、定格回転数2,000rpm)
  • 三菱製:MB-3070-B/B2(出力150kW、端子電圧750V、電流224A、定格回転数1,800rpm)

駆動方式・歯車比

  • 東洋製主電動機搭載車:中空軸撓み板式軸型継手、84:17 (4.94)
  • 三菱製主電動機搭載車:撓み歯車型軸継手、82:19 (4.32)
    • これらの主電動機と歯車比の組み合わせにより、全界磁定格速度は1000形の43km/hに対して63km/hとかなり高くなっている。よって2M2T編成でも高速性能は1000形を上回り、さらに2M1T編成であれば起動加速度も同じとなって1000形以上の走行性能を発揮することができる。

主制御器

電動カム軸抵抗制御方式抵抗制御、直列10段、並列8段、弱め界磁4段。

台車

  • TH-700(東急車輛、川崎車輌/川崎重工製、コイルばね鋼板溶接ウイングばね式)

集電装置

デハ700形の連結面寄りに搭載。

補助電源装置

下記電動発電機を製造時はサハ770形に1台搭載、冷房改造後はサハ770形奇数車に1台搭載。

  • 東洋製:TDK-365 (AC7.5kVA)
  • 三菱製:MG-131 (AC7.5kVA)
  • 東洋製:TDK-3320A(AC100kVA, 冷房改造車のサハ770形偶数車に1台搭載)

空気圧縮機

製造時はサハ770形に1台搭載。冷房改造後はサハ770形奇数車に2台搭載。

  • AR-2 回転翼式

空調装置

新製時のバリエーション

1970年(昭和45年)までの製造車の電装品は東洋と三菱が独自に設計したものが使用され、駆動方式も異なっている。東急製の車両には東洋製電装品、川崎製の車両には三菱製電装品が装備された。最終製造時を除き、各製造時で東急製と川崎製の比率が1:1となるよう製造されたため、両社製が混在する編成が存在した。浦賀方の付随車と品川方の付随車は同一設計である。

1967年6月製造車

701編成(1985年3月 神武寺駅

太字は東急車輛製、細字は川崎車輌または川崎重工製。左側が浦賀方。以下各製造時で同じ。

Mcu Tu Ts Mcs 製造年月
701 771 772 702 1967年6月
703 773 774 704 1967年6月
705 775 776 706 1967年6月
707 777 778 708 1967年6月
709 779 780 710 1967年6月

最初に製造されたグループ。正面が高運転台で窓が小窓であること、側面開閉窓の隅が角ばっていることが特徴。当初ATS、列車無線が装備されていなかったが、1970年(昭和45年)に設置されている。補助警笛として電気笛が装備されていたが、1980年代中ごろまでに撤去されている。

1969年6月・7月製造車

Mcu Tu Ts Mcs 製造年月
711 781 782 712 1969年6月
713 783 784 714 1969年6月
715 785 786 716 1969年7月
717 787 788 718 1969年6月
719 789 790 720 1969年6月

1968年(昭和43年)は都心乗り入れに備えた1000形の製造に注力したため1年あけた1969年(昭和44年)に本形式の製造が再開された。以下の設計変更がある。

  • 高運転台をやめ、通常の運転台構造となった。
  • 側窓隅にRが設けられた。
  • 電気笛を廃止。
  • ATS、列車無線を装備。
  • 座席下蹴込がステンレス無塗装となった。
  • 運転台仕切り部の遮光幕がアルミ製遮光板となった。

1970年2月・3月製造車

Mcu Tu Ts Mcs 製造年月
721 791 792 722 1970年3月
723 793 794 724 1970年3月
725 795 796 726 1970年3月
727 797 798 728 1970年2月
729 799 770 730 1970年2月

1969年(昭和44年)11月に川崎車輌が川崎重工の一部門となったため、今回製造車から製造者名が変更されている。前回製造車から車内の無塗装化推進などの設計変更が行われている。今回製造分でサハ770形の番号が799に達したため、30両目は770と付番された。

1970年6月製造車

731編成(1985年3月 金沢八景駅
Mcu Tu Ts Mcs 製造年月
731 761 762 732 1970年6月
733 763 764 734 1970年6月
735 765 766 736 1970年6月
737 767 768 738 1970年6月

前回製造車から3ヵ月後にさらに16両が製造された。前回から設計変更はない。サハ770形は761-768と付番された。

1971年6月製造車

Mcu Tu Ts Mcs 製造年月
739 769 760 740 1971年6月
741 751 752 742 1971年6月

本形式の最終製造車である。同時期の1000形が全車東急車輛で製造されたため、今回の700形は全車川崎重工で製造された。サハ770形は769、760、751、752と付番された。今回の製造車では以下の設計変更がある。

  • 主制御器が三菱電機製、主電動機、駆動装置が東洋電機製とされた。各機器の形式は前回までの製造車と同一。
  • 客用ドアが1000形と同じものに変更され、窓の天地寸法が拡大された。
  • 乗務員室仕切扉の遮光幕がアルミ合金製の遮光板に変更された。
  • ドア部吊り手が増設された。これは1980年(昭和55年)ごろにいったん撤去されている。

各種改造

本形式には運用中に各種改造が施されている。

MTM化および1000形編成へのサハ770形の挿入

1974年(昭和49年)から1980年(昭和55年)の間、727、729、731、733、739、741の各編成からサハ770形偶数車を外してMTM編成で運用した。この時に700形編成から外されたサハ770形は当初久里浜工場・金沢検車区に留置されていたが、後に1000形の編成に組み込まれた。組み込みに当たり、サハ762、サハ752の電動発電機、空気圧縮機が取り外されている。4扉の車両が混入することで地下鉄乗り入れ規格を満たさず、加速性能が低下したため、ラッシュ時間帯および稀に昼間の快特に運用されたのみで、徐々に1000形編成から外され、800形の増備とともに原編成に復帰した。この3両編成は空港線でも運用されていた。

冷房改造

白幕車(1995年7月 新馬場駅

1980年(昭和55年)から1988年(昭和63年)にかけて冷房改造が行われた。主な改造内容は以下の通り。

  • 東芝CU-126系(能力10500kcal/h)冷房機を各車3基搭載。FRP製通風機を撤去。
  • 冷房用電源として容量100kVAのブラシレス電動発電機、東洋製TDK-3320Aをサハ770形偶数車に1台搭載、空気圧縮機をサハ770形奇数車に2台搭載としたため、サハ770形1両を外した3両編成とすることができなくなった。
  • 内装は全面的に張り替えられたが、色彩は変更されていない。
  • 天井は平天井となったが、デハ700形のパンタグラフ下部をのぞき冷気ダクトは設けられていない。
  • 側面電動式種別幕・方向幕の取付および正面各幕の電動化。該当部上段窓の固定化。
  • 側窓は全開する構造のままとされたため、方向幕下部を除き保護棒は残された。
  • 妻窓を上下段上昇から上段下降、下段固定に変更、保護棒を撤去。

当初は朝ラッシュ時の特急増結用として1980年(昭和55年)、1981年(昭和56年)に711 - 721の6編成のみが改造され、のち予備車として1984年(昭和59年)に729編成が追加改造された。1985年(昭和60年)10月冷房改造出場の707編成から本格的な工事が始まり、以下の点が変更された。1988年(昭和63年)9月出場の735編成で工事は完了した。

  • 701 - 709編成は取り扱い共通化のため高運転台から標準の運転台に改められ、711編成以降と同様の前面窓配置となった。
  • 行先表示器SPC方式化に伴う地色の黒色化。
  • 電気連結器付き密着連結器取り付け準備の実施。
  • 先頭車山側の冷房指令・自動幕指令用ジャンパ栓(青色)の廃止。
  • 電子警笛の設置。
  • 1988年(昭和63年)度改造分は戸閉灯器がLED光源に交換された。
  • 一部の編成に自動選択扉開閉スイッチ新設。

吊り手増設

1986年(昭和61年)ごろの定期検査入場時に冷房車を対象にドア部分に吊り手を増設する工事が施された。739・741編成に当初付いていたものとほぼ同様であり、この両編成に対しては再取り付けとなる。

連結器交換

連結作業の省力化のため、電気連結器付き廻り子式密着連結器 (CSD-90) への交換が行われた。冷房改造時に準備工事が行われなかった編成についても定期検査とは別に入場させて同工事が順次施工された。その後1989年(平成元年)から1991年(平成3年)にかけて連結器本体の交換、非常用中間連結器の搭載などの本工事が行われた。本形式では品川方先頭車のジャンパ栓受け跡は全編成に残っていた。

台車交換

1996年(平成8年)8月に発生した踏切事故でデハ706の台車が損傷したため、同年10月から翌年7月までの間サハ776に1000形廃車発生品の台車 (OK-18M) を取り付け、同車用台車を電装の上デハ706に転用していた。

下段窓固定化

2003年(平成15年)以降残存した32両は京急蒲田駅付近の連続立体交差化工事(直上高架方式)の安全対策として側窓下段が固定された。

運用

登場当初は設計構想どおり普通列車に運用されたが、1978年(昭和53年)のダイヤ改正で普通列車のランカーブが本形式MTMに変更されたため朝ラッシュ時の普通列車への運用が困難となり、1977年(昭和52年)から1000形特急列車の増結用にも使用された。MTM3両編成は2本つないだ6両編成で朝ラッシュ時の普通に運用されたほか、空港線でも運用された。1981年(昭和56年)の通勤快特運転開始時からは本形式3本をつないだ列車2本が設定され、夏ダイヤ実施時にはうち1本が折り返し三浦海岸行き快特として運転された。1980年(昭和55年)の正月ダイヤから大師線での運用が始まり、1981年(昭和56年)以降朝ラッシュ時は大師線6本、通勤快特6本、特急増結6本の18本運用の体制が廃車開始まで続いた。本線優等列車運用からは2003年(平成15年)7月19日のダイヤ改正で外れ、運用末期は大師線のみで使用されていた。

廃車

経年による老朽化のため1998年(平成10年)から2005年(平成17年)にかけて下記の順に廃車された。

  • 1998年3月31日 715・717編成
  • 1998年12月16日 711・713・719・721編成
  • 2000年3月10日 707・709・725・729編成
  • 2002年7月26日 705・727・731編成
  • 2003年8月15日 733編成
  • 2004年3月5日 737編成
  • 2005年3月10日 701・703・723編成
  • 2005年11月30日 735・739・741編成

2005年(平成17年)11月27日に一般営業運転を終了、翌28日の大師線沿線の幼稚園保育園児の貸切運転で営業運転を終了した。同年30日に車籍抹消され、形式消滅した。

譲渡

譲渡後の高松琴平電気鉄道1200形電車

黒幕車の先頭車22両が高松琴平電気鉄道へ譲渡され、1200形となった。2004年(平成16年)度以前に譲渡された車両は琴平線用とされ1200番台の番号が、京急時代735・741・739編成の先頭車だった車両は長尾線用とされ、1250番台の車両番号が付与された。それぞれの路線カラーに塗装されているが、一部は転入当初から広告車両とされた。705・727・731各編成の先頭車6両(琴電1201 - 1206)は下段窓が全開可能な状態で譲渡されている。

脚注

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  1. ^ 「京浜急行80年史」などの社史には戦後製造された各形式の「新造日」「竣工日」または「営業運転開始日」が記載されているが、本形式だけは日付の記載がない。最初に入線した701編成と709編成の入籍日は6月27日である。
  2. ^ 集約分散式冷房装置分散式冷房装置での定義に従うと、冷気ダクトの有無が両者を峻別する。本形式の場合パンタグラフ下部にのみダクトがあるため、どちらに分類するべきかは判断が分かれている。

参考文献

  • 下記の電気車研究会『鉄道ピクトリアル』掲載各記事
    • 「私鉄車両めぐり 116 京浜急行電鉄」1980年9月臨時増刊号(通巻380号)掲載
    • 「私鉄車両めぐり 136 京浜急行電鉄」1988年9月臨時増刊号(通巻501号)掲載
    • 「私鉄車両めぐり 138 京浜急行電鉄 補遺」1989年10月号(通巻518号)掲載
    • 「私鉄車両めぐり 160 京浜急行電鉄」1998年7月臨時増刊号(通巻656号)掲載
    • 「私鉄車両めぐり 160 京浜急行電鉄 補遺」1999年11月号(通巻677号)掲載
    • 佐藤良介「京浜急行700形の足跡」 前・中・後編、2006年4 - 6月号(通巻774 - 776号)掲載
  • 「主要車両諸元一覧」山と渓谷社『ヤマケイ私鉄ハンドブック 10 京浜急行』1983年6月発行