岡崎市立中央図書館

Japanese Map symbol (Library) w.svg 岡崎市立中央図書館
Okazaki City Library and Community Plaza 6.jpg
施設情報
愛称 りぶら(Libra)
前身 岡崎町立通俗図書館
岡崎市立図書館
事業主体 岡崎市
管理運営 岡崎市立中央図書館
開館 1912年大正元年)8月5日
所在地 444-0052
愛知県岡崎市康生通西4丁目71番地
位置 北緯34度57分33.85秒
東経137度9分33.12秒
ISIL JP-1001933
統計情報
蔵書数 567,404冊(2008年度)(????年 時点)
統計年を「蔵書数年」に記入してください。
説明を参照)
公式サイト http://www.library.okazaki.aichi.jp
プロジェクト:GLAM - プロジェクト:図書館

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岡崎市立中央図書館(おかざきしりつちゅうおうとしょかん)は、愛知県岡崎市にある公共図書館公立図書館)である。岡崎市内では最大規模の図書館であり、複合型文化施設「岡崎市図書館交流プラザ」の中に位置する。

概要

岡崎市の康生地区に位置する岡崎市図書館交流プラザ内の中核施設で、地上2階から地下1階のフロアを使用している。岡崎市立図書館条例第3条に名称と位置について定めている。蔵書数は、2008年度の時点で、図書が545,813冊、視聴覚資料が21,591点の計567,404冊を有する。収容可能冊数は100万冊(開架31万5千冊、書庫64万冊)。

中央図書館長は岡崎市立額田図書館長も兼務し、中央図書館は額田図書館の管理運営及び自動車文庫の運営を行っている。このほか、9ヶ所にある地域図書室と連絡し、運営を支援している。

沿革

1912年明治45年)3月の当時の岡崎町の町会で、公立図書館の開設が議決された[1]。同年7月21日、「岡崎町立通俗図書館」の開館式が開かれた。図書館は8月1日に開館予定だったが、明治天皇崩御のために8月5日に開館日をずらし、門前町の随念寺下常福院を仮館舎として開館した[1]。開館時の蔵書数は2,060部、6,232冊で、そのほとんどは岡崎町教育会・小柳津要人千賀千太郎からの寄贈だった[2]。1912年の利用者は1日6人強で、多くなかった[2]

1917年(大正5年)7月1日、市制施行に伴い「岡崎市立図書館」に改称した。1919年(大正7年)、愛知県立第二中学校(現・愛知県立岡崎高等学校)教諭を務めた柴田顕正が館長に就任した[3]。新館の建設も決定し、建設地を岡崎公園内の岡崎城二の丸の一角で、財団法人私立盲唖学校跡(その前は浄土真宗三河教校)とした[3]1922年(大正11年)5月1日に地鎮祭が執行され着工、同年12月15日に御大典記念事業として竣工した。1925年時点での蔵書数は19,099冊で、愛知県内では西尾市岩瀬文庫市立名古屋図書館刈谷市図書館に次ぐ多さとなった[3]。柴田は、『三河堤』『三河古墳記』『三河古城記』『龍城雑記』などの郷土史資料や国文学の本を中心に収集した[4]。また、年間利用者数は672,480人で、市立名古屋図書館、名古屋公衆図書館(現・名古屋市西図書館)に次いで3位となった[4]1928年昭和3年)4月8日には、新聞閲覧室が増築された。しかし、1945年(昭和20年)7月20日の岡崎空襲によって全館が焼失し、廃館となった。

戦後、康生町にあった青年学校の元校舎を利用し、1947年(昭和22年)7月1日に再開館した。280m2、収蔵図書2,500冊と小規模の暫定的な開館だった[5]1962年(昭和37年)12月4日、六供町字出崎の愛知県立岡崎商業高等学校の元校舎へ移転し、920m2、収蔵図書4万冊となった[5]。しかし、建物の老朽化が激しく、同地に岡崎市民会館の建設が決定したことから、1966年(昭和41年)5月1日に康生通西2丁目の岡崎警察署の元庁舎へ移転した[6]。こうして、空いた建物を図書館として使用してきたが、明大寺町字茶園の愛知県の蚕検定所跡に新館を建設することが決定し、1970年(昭和45年)12月18日に着工、1971年(昭和46年)11月1日に開館した[7]。また、翌年には隣に岡崎市美術館が開館した。

しかし、徐々に手狭になった図書館の再移転が議論されるようになった。2001年平成13年)2月7日に岡崎市議会に新図書館建設特別委員会が設置された。当初は、岡崎公園のグランド跡地が最も適当と判断されたが、調査で石垣などの岡崎城の遺構が発掘されたことから、不適当となった。そこで、岡崎郵便局が移転し跡地利用が議論されていた康生通西4丁目が移転先として有力視されるようになった。同年8月13日に開かれた特別委員会で、建設場所を康生通西とする市の提案が了承された[8]。一方、2005年(平成17年)1月1日に岡崎市と額田町の合併に伴い、額田町立図書館を市立額田図書館としたことから、名称を「岡崎市立中央図書館」に改称した。中央図書館を中核にした複合文化施設「岡崎市図書館交流プラザ」の建設が決定し、2006年(平成18年)6月28日に着工、2008年(平成20年)11月1日に開館した。移転により、延床面積約2,500m2から約8,000m2に、収蔵資料も約44万冊から約60万冊に増加した。

2010年(平成22年)3月頃、インターネットの蔵書システムが閲覧しづらくなる現象が発生。同年4月サイバー攻撃を仕掛けたとして利用者の一人が逮捕され起訴猶予処分となった。利用者に攻撃の意図はなく、さらに根本的な原因がシステムの不具合にあったことから、論議を呼んだ(岡崎市立中央図書館事件)。同年9月、同システムを手がけた業者のミスにより、図書館利用者159人分の利用状況および個人情報が流出していたことが判明[9]。岡崎市は、管理を委託していた三菱電機インフォメーションシステムズ(MDIS)に対して翌年からの契約解除を発表し、NDISも契約を撤回した[10]

年表

施設

2階から地下1階の3フロアからなり、地下1階は自動出納書庫になっている。

地上1階は、閲覧席187席を置く「レファレンスライブラリー」として、地域資料や専門書を中心に配架している。インターネット席(14席)、データベース席(6席)、持込パソコン席(18席)と、研究個室5室とグループ室1室を完備している。

地上2階は、「ポピュラーライブラリー」として閲覧席428席を設置しているほか、子ども用のスペースとして閲覧席76席の「子ども図書室」が用意されている。ポピュラーライブラリーでは、新聞雑誌コーナーやCDDVDなどの視聴覚資料と視聴ブース、外国語資料コーナー、点字図書録音図書と対面朗読室2室が置かれている。また、「ティーンズコーナー」として、10代の利用者が必要とする情報を提供する図書を中心にそろえたコーナーを設置している。コーナーには、10代が優先的に使用できる「ティーンズルーム」がある。また、子ども図書館には児童書絵本紙芝居などが置かれ、「おはなしのへや」と「赤ちゃんコーナー」、授乳室を設置している。

郷土コレクション

図書館では西三河地方にゆかりの人物に関する資料を集めており、1階のレファレンスライブラリーに郷土資料としては配架されている。特に、徳川家康菅江真澄鶴田卓池の3人については文庫としてまとめて公開されている。

「家康文庫」では、徳川家康に関する文献を約2,000点所蔵している。このほか、江戸時代後期の国文学者・菅江真澄の資料を集めた「菅江真澄資料内田文庫」がある。これは、菅江真澄の研究家・内田武志の収集した資料を、内田の死後に妹ハチから江戸時代文化史研究者だった新行和子を通して、1986年に図書館へ寄贈されたものを複製製本して公開している。また、江戸時代後期の俳人・鶴田卓池に関する資料を集めた「鶴田卓池文庫」は、卓池ゆかりの人々から寄託・寄贈された資料を中心に公開している。書籍・短冊・軸物など265点あり、『紙本著色鶴田卓池自画像一幅』『奥羽記行』などの市指定有形文化財も含まれている。

りぶら映像アーカイブス

過去に岡崎で起きたできごとを伝えるニュースなどの映像を、2階視聴覚コーナーで閲覧することができる。

日本放送協会(NHK)の協力で、岡崎市の製作・監修、図書館流通センターNHKプラネットの企画・制作により、2009年3月31日時点で92番組を提供している。

開館時間

  • 9時00分 - 21時00分
休館日
  • 毎週水曜日(祝日の場合は開館)
  • 特別整理期間(教育委員会が告示する期間)
  • 12月29日 - 1月3日

参考文献

  • 新編岡崎市史編集委員会編『新編岡崎市史』 岡崎市。
  • 『岡崎市の図書館概要 平成21年度版』 岡崎市立中央図書館、2009年。

脚注

  1. ^ a b 新編岡崎市史 近代 410頁
  2. ^ a b 新編岡崎市史 近代 411頁
  3. ^ a b c 新編岡崎市史 近代 936頁
  4. ^ a b 新編岡崎市史 近代 937頁
  5. ^ a b 新編岡崎市史 現代 306頁
  6. ^ 新編岡崎市史 現代 307頁
  7. ^ 新編岡崎市史 現代 308頁
  8. ^ 「中日新聞」 2001年8月14日朝刊、西三河版西三河 16頁
  9. ^ 「中日新聞」 2010年9月28日夕刊、社二 12頁
  10. ^ 「朝日新聞」 2010年11月26日名古屋本社版夕刊、2社 6頁

関連項目

外部リンク