楽々園遊園地

以前楽々園遊園地があった場所。現在はショッピングセンターになっている

楽々園遊園地(らくらくえんゆうえんち)は、かつて広島県佐伯郡五日市町(現在の広島市佐伯区)にあった遊園地。広島瓦斯電軌(現在の広島ガス広島電鉄の前身)により開発された[1][2][3][4]

歴史

開園まで

名称は「電車で楽々行ける遊園地」というキャッチフレーズに由来する[2]

箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)による宝塚新温泉などの開発の成功により[5]、当時日本国内で全体的に行われていた鉄道会社による沿線娯楽施設の一つであった[5]1919年大正8年)時点の計画書で、場所は未定ながら住宅・運動場・潮湯場・海水浴場の整備を事業計画内で謳っていた[5]。しかし、当時の宮島線の沿線人口だけでは、十分な効果は期待できなかった[6]

1927年昭和2年)頃より五日市町海老塩浜地区の農耕地に住宅地の造成を開始[7]1936年(昭和11年)より住宅地の販売を開始[7]。同年9月8日に楽々園遊園地が開園[8]。同時期に、海水浴場も開園した[4]

開園当初は広島瓦斯電軌の直営事業だった[9]

開園から第二次世界大戦終戦まで

開園後は、海水浴場やラジオ体操のイベントか開催され、広島地区の新名所になった[10]。開園効果は宮島線の乗客数にも影響を与え、1935年(昭和10年)の306万人から1936年(昭和11年)は329万人に増加した[11]。その後も、海水浴シーズンを中心に来場者を集めた[12]

第二次世界大戦中もしばらくは営業を継続[12]1942年(昭和17年)の広島ガス広島電鉄の分離の時に、広島電鉄が引き継ぐことになった[13]1943年春頃に海軍および陸軍に関する展覧会を開催[12]。場内には小型並状旋回飛行塔を設置[12]。同年度上期の来場者数は26万人を数えた[12]。しかし、戦況の悪化により園内の田園化も検討されるようになり[12]1944年12月に休園[14]。施設は陸軍船舶部に貸し出された[14]

第二次世界大戦終戦から閉園まで

1945年(昭和20年)8月6日広島市への原子爆弾投下に伴い、本社要員を楽々園遊園地にも避難[15]。1945年(昭和20年)8月6日から1946年(昭和21年)8月30日まで広島電鉄の本社が置かれた[16]

1947年(昭和22年)7月1日から[16]1951年(昭和26年)3月26日まで有限会社楽々園が委託運営[17]。その後、一時期は本社の直営になった後[17]1957年(昭和32年)10月1日から広電観光に賃貸され[18]、経営を移管[9]1960年(昭和35年)4月より広電楽々園が運営した[19]

1950年代には、観覧車やジェットコースター、ゴーカート、ウオーターシュート、プラネタリウムなどが整備されていた[2][3]。夏にはプールが開園し、また園内には温泉浴場が整備されていた[2][3]。新しい遊具が増えると大レジャーランドとなり市民に親しまれた。

その後、埋め立ての進行により1964年(昭和39年)海水浴場は閉鎖[4]。それにより集客数は減少し1970年(昭和45年)から休園[2]1971年(昭和46年)8月31日に閉鎖された[20]

跡地のその後

跡地には、広電興産により1972年(昭和47年)3月23日に、ショッピングセンター「ひろでん楽々園ショッピングタウン」が開店[21]。同年5月にはボウリング場が開場した(1974年閉場)[4]

現在はファミリータウン広電楽々園として、敷地内にはマダムジョイ楽々園店・ナイスディ(開店当初は広電ストアの衣料品などの売場、現在は専門店街)・ホームセンター ダイキ楽々園店・ヤマダ電機 テックランド佐伯店が整備されている[22]

また「楽々園」の地名は閉園後も旧五日市町・佐伯区の住所表示として存続しているため、現在では広島近辺で単に「楽々園」といえば、遊園地の跡地およびその周辺に所在する住宅地と一般的には理解されている。

最寄り駅

1935年(昭和10年)12月1日に塩浜駅として開設していた駅名[23]を、開園当日に楽々園駅に改めた[23]1965年(昭和40年)7月20日から1971年(昭和46年)8月31日まで、楽々園遊園地駅だった時期もある[23]

脚注

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  1. ^ ふるさとの海 - 中国新聞(元サイトのキャッシュ)
  2. ^ a b c d e 広島市広報紙 市民と市政 バックナンバー 平成22年 8月1日号 区報 佐伯区
  3. ^ a b c 広島市広報紙 市民と市政 7月1日号 ページタイトル
  4. ^ a b c d 宮島街道いまむかし - 宮島街道
  5. ^ a b c 『広島電鉄開業100年・創立70年史』70ページ
  6. ^ 『広島電鉄開業80創立50年史』本編42ページ
  7. ^ a b 『広島電鉄開業100年・創立70年史』71ページ
  8. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』429ページ
  9. ^ a b 『広島電鉄開業100年・創立70年史』160ページ
  10. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』72ページ
  11. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』73ページ
  12. ^ a b c d e f 『広島電鉄開業100年・創立70年史』95ページ
  13. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』91ページ
  14. ^ a b 『広島電鉄開業100年・創立70年史』96ページ
  15. ^ 『広島電鉄開業80創立50年史』本編77ページ
  16. ^ a b 『広島電鉄開業100年・創立70年史』431ページ
  17. ^ a b 『広島電鉄開業100年・創立70年史』432ページ
  18. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』433ページ
  19. ^ 『広島電鉄開業80創立50年史』本編134ページ
  20. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』436ページ
  21. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』437ページ
  22. ^ 楽々園店|店舗のご案内|マダムジョイ Madamjoy
  23. ^ a b c 『広電が走る街今昔』156ページ

参考文献

  • 『広島電鉄開業80創立50年史』広島電鉄株式会社社史編纂委員会編、1992年11月
  • 『広島電鉄開業100年・創立70年史』広島電鉄株式会社社史編纂委員会編、2012年11月
  • 『広電が走る街今昔』(JTBパブリッシング・長船友則) ISBN 4533059864

外部リンク