間崎島

間崎島
Masaki Island
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間崎島(中央左寄り、東隣が天童島)(国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成)
所在地 日本の旗 日本三重県志摩市
所在海域 英虞湾
所属諸島 志摩諸島
座標 北緯34度17分25秒 東経136度48分57秒 / 北緯34.29028度 東経136.81583度 / 34.29028; 136.81583座標: 北緯34度17分25秒 東経136度48分57秒 / 北緯34.29028度 東経136.81583度 / 34.29028; 136.81583
面積 0.36[1] km²
海岸線長 7.4[1] km
最高標高 18.5 m
Project.svgプロジェクト 地形
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英虞湾における間崎島の位置(赤色が間崎島)
島内の真珠養殖風景

間崎島(まさきじま)は三重県志摩市志摩町和具にある、英虞湾に浮かぶ。島は東西に長く、標高は18.5m[2]リアス式海岸特有の複雑な海岸線をなす。湾内では賢島に次いで面積が大きい。和具から4.1km、賢島から3.0kmの位置にある[3]

集落は島の南西部にあり[4]、116人(2013年4月1日現在、住民基本台帳人口[5])が暮らす。真珠養殖イワシ漁中心とする水産業が主な産業とする[1]

歴史

1532年天文元年)頃、本州の矢納村(現・志摩町和具)から4戸の農民が生活困窮のために移住したのが始まりとされる[3]。当時の住民は本土の鵜方浜島(ともに現在の志摩市)で借地を耕作をしながらイワシ漁に従事していたという(志摩町片田三蔵寺の記録による)[1]

島が歴史的転換を迎えたのは真珠養殖技術が発明されたことにある。真珠養殖は間崎島に富をもたらし、「宝石の島」と呼ばれるほど繁栄した[4]1950年代にはラジオテレビ電話の普及率が日本一となり[4]21世紀初頭の現在でも、当時の好況を偲ばせる立派な住宅が立ち並ぶ[6]1982年(昭和57年)、本土からの海底送水管が開通した[1]

養殖真珠生産高は1966年(昭和41年)を境に低下し、かつての繁栄は薄れていった[6]。1990年国勢調査時は91世帯266人[1]で、2013年4月1日現在66世帯116人まで減少している[7]。島内にあった志摩市立和具小学校間崎分校2006年(平成18年)3月に閉校するなど、少子化が進行している。また島民の7割が高齢者である[3]

生活

島内に教育機関はないため、児童生徒は本土の学校へ通学する[8]。志摩市教育委員会の指定する学区は和具小学校・志摩市立和具中学校|和具中学校となる[9]。通学にかかる乗船代は義務教育の間、志摩市が全額負担する[8]

島内の商店には酒店1軒と日用品食料品を扱う店が1軒ある[8]。島内の産業は水産業主体であり、本土へ通勤する住民もいる[8]。介護予防施設はあるが、福祉施設医療機関は未設置である[8]。このため、日常的に本土へ通う必要がある[10]

間崎漁港

間崎漁港

間崎漁港(まさきぎょこう)は、三重県志摩市志摩町和具の間崎島にある、志摩市の管理する第1種漁港戦前まではカツオの釣り餌用のイワシを供給する機能を持っていたが、戦後は真珠養殖の隆盛により、主として真珠養殖漁船が利用するようになった[11]1963年(昭和38年)2月14日に漁港指定を受けて以降、港湾機能の整備が進められた[11]

2009年(平成21年)の統計では、属地陸揚量・属人漁獲高はともに71.3t、属地陸揚金額は82百万円である[11]

観光

1992年(平成4年)には34,900人の観光客が訪れたが、2001年(平成13年)には17,400人に減っている[12]。宿泊施設として2つの民宿があり、合計67名宿泊可能[12]。元々観光地ではないため、島民による試行錯誤が繰り返され、住民組織と行政、民間企業の共催によるツアーを通して、魅力の発信に努めている[10]

主な観光スポット

間崎小公園
  • 間崎海水浴場
    • 海岸環境整備事業で整備された。三重県はこの海水浴場を観光の核として体験型・参加型イベントの支援をしていく方針である[13]
  • 間崎小公園
    • 英虞湾の真珠(いかだ)や対岸の御座岬が見え、夕日の名所として紹介されている[14][15]
  • 旧・間崎分校
    • 春にはサクラが咲き、花見ができる[4]

間崎分校

間崎分校跡地(2013年)

志摩市立和具小学校間崎分校(しましりつわぐしょうがっこうまさきぶんこう)は三重県志摩市の間崎島にかつてあった小学校分校である。

1881年(明治14年)に和具小学校間崎分教場として開校し、1955年(昭和30年)には間崎小学校として独立した[16]。一時休校を経て間崎分校として再出発したが、2006年(平成18年)3月31日をもって廃校した。この間に318人の卒業生を送り出し[16]、廃校時の在籍児童は2人で兄妹であった[17]。地元の三重テレビが3年間に渡ってこの分校を取材し[17]、その模様は2006年に特別番組「さよなら〜島の小学校」で放送された[18]。校舎は廃校後に取り壊され、現存しない。

校庭は、地元の和具出身で伊勢志摩国立公園の指定に尽力した石原円吉が植えたサクラの木に囲まれていた[4]

分校の沿革

  • 1881年(明治14年)6月 - 和具小学校間崎分教場として開校[16]
  • 1947年(昭和22年)4月 - 志摩町立和具小学校間崎分校に改称[16]
  • 1955年(昭和30年)12月 - 志摩町立間崎小学校として独立[16]
  • 2002年(平成14年)3月 - 志摩町立間崎小学校を閉校。翌4月から志摩町立和具小学校間崎分校に移行、休校に入る[20]
  • 2003年(平成15年)4月 - 児童の入学により分校を再開[20]
  • 2004年(平成16年)10月 - 市町村合併に伴い、志摩市立和具小学校間崎分校に改称。
  • 2006年(平成18年)3月 - 25日に閉校式を挙行し、31日に廃校。

交通

島内に公共交通機関はなく[3]、訪問者は徒歩移動となる。自転車軽トラックなどの車両を所有する島民もいる。港から島の東端に至る一本の道がメインストリートである。

島へは志摩マリンレジャーによって以下の航路が就航する[21]

賢島 - 和具航路
  • 賢島 - 間崎 - 和具
    • 賢島 - 間崎間の方が間崎 - 和具間よりも運航時間は短いが、料金は賢島 - 間崎間の方が高い[3]。就航率は99%と高く、年間利用者約34,000人は島民と三重県立水産高等学校への通学生でほとんどを占める[10]

施設

間崎簡易郵便局・間崎真珠養殖漁業協同組合

平地が限られているため、狭い範囲に民家などが集中している[22]

  • 志摩市間崎島開発総合センター
  • 志摩市志摩介護予防拠点施設「間崎いきいきセンター」
  • 間崎真珠養殖漁業協同組合
  • 間崎簡易郵便局 - 廃業した民宿を利用[23]
  • 天真名井神社(あまのまないじんじゃ) - スsノオノミコトなど7柱を祀り、6月14日天王祭9月15日の中祭、12月1日の大祭が行われる[3]
  • 民宿旅館美城
  • 民宿コテージまつい
  • デイサービス 間崎

脚注

  1. ^ a b c d e f 菅田(1995):58ページ
  2. ^ 国土地理院発行2万5千分の1地形図「浜島」上にある三角点の最高標高
  3. ^ a b c d e f アイランダー2012"島の情報 鳥羽・志摩諸島"<ウェブ魚拓>(2013年5月13日閲覧。)
  4. ^ a b c d e f "英虞湾に浮かぶ間崎島の廃校で「さくら運動会」"伊勢志摩経済新聞、2009年4月6日(2013年5月13日閲覧。)
  5. ^ 志摩市役所"志摩市の人口について"平成25年4月(2013年5月13日閲覧。)※行政区「間崎」の人口。
  6. ^ a b 日本の島へ行こう"間崎島(まさきじま)・横山島(よこやまじま)"<ウェブ魚拓>2008年11月4日(2013年5月13日閲覧。)
  7. ^ 志摩市役所"志摩市の人口について"平成25年4月(2013年5月13日閲覧。)※行政区「間崎」の人口。
  8. ^ a b c d e アイランダー2012"島の情報 鳥羽・志摩諸島"<ウェブ魚拓>(2013年5月13日閲覧。)
  9. ^ 志摩市教育委員会事務局学校教育課"学校通学区|くらしの情報"(2013年5月13日閲覧。)
  10. ^ a b c 国土交通省"平成25年度地域公共交通確保維持に関する自己評価概要(全体)"(2013年5月13日閲覧。)
  11. ^ a b c 三重県農林水産部水産基盤整備課"三重県農林水産部水産基盤整備課/間崎漁港"(2013年5月13日閲覧。)
  12. ^ a b 三重県政策部地域づくり支援室(2003):第1章Ⅱ-8観光の現況
  13. ^ 三重県政策部地域づくり支援室(2003):第3章-8観光の開発に関する事項
  14. ^ 志摩市観光協会"志摩市観光協会>レジャー>公園・スポーツ"(2013年5月13日閲覧。)
  15. ^ 伊勢志摩きらり千選実行グループ"伊勢志摩きらり千選/間崎小公園"財団法人伊勢志摩国立公園協会(2013年5月13日閲覧。)
  16. ^ a b c d e 安立康宏"和具小学校間崎分校"<ウェブ魚拓>2004年6月30日(2010年2月4日閲覧)
  17. ^ a b 脇こず恵"さよなら、間崎分校"<ウェブ魚拓>三重テレビ放送、2006年4月3日(2013年5月13日閲覧。)
  18. ^ 三重テレビ放送"番組審議会|三重テレビ"<ウェブ魚拓>平成18年7月18日(2013年5月13日閲覧。)
  19. ^ a b 志摩地域合併協議会"行財政現況調査集計表"<ウェブ魚拓>(2010年2月4日)
  20. ^ a b 脇こず恵"島の分校〜最後の運動会〜"<ウェブ魚拓>2005年11月30日(2013年5月13日閲覧。)
  21. ^ 志摩マリンレジャー"あご湾定期船"(2013年5月13日閲覧。)
  22. ^ 志摩町役場企画課(2004):64ページ
  23. ^ 朝日新聞社"<「改革劇場」の外で>過疎地の局、10年後は"<ウェブ魚拓>2005年8月28日(2013年5月13日閲覧。)

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 24三重県』角川書店、昭和58年6月8日、1643pp.
  • 志摩町役場企画課『志摩町町勢要覧 町制50周年記念号 〜磯笛と潮騒のまちを記録する〜』志摩町役場企画課、2004年7月、121pp.
  • 菅田正昭『日本の島事典』、財団法人日本離島センター監修、三交社、1995年6月25日、495pp.、ISBN 4-87919-554-5
  • 三重県政策部地域づくり支援室『三重県離島振興計画』平成15年

関連項目

外部リンク